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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000080625
提供館
(Library)
愛知芸術文化センター愛知県図書館 (2110019)管理番号
(Control number)
愛知県図-02826
事例作成日
(Creation date)
登録日時
(Registration date)
2011年02月24日 02時08分更新日時
(Last update)
2011年09月07日 10時34分
質問
(Question)
日本で初めて曜日(日・月・火・水・木・金・土)を使いだした時期と理由を知りたい。
回答
(Answer)
百科事典(【資料2】)で概要を確認すると、「七曜」の伝来は空海が中国から伝えたといわれる『宿曜経』によるとされています。古くから暦にも記載されましたが、近世以前は吉凶の占いのために用いられており、明治6年の太陽暦及び同9年の週休制の導入を契機として、長い時間をかけて日常生活に定着したことが記されています。
【資料3】から【資料5】には、七曜が記載された暦や、伝来の道筋についてより詳しい記述があります。
また【資料6】には、週休制導入の経緯や民間への定着の過程についても触れられています。
回答プロセス
(Answering process)
【資料1】で「七曜」を検索 →「週」
【資料2】の「週」の項に、「日本への『七曜』の伝来は、空海が中国から伝えたといわれる『宿曜暦』によるとされ、一般の頒暦では、京暦が1672年(寛文12)から記載しており、伊勢暦はもうすこし早くから記している。この時代は生活のためというより、吉凶の占いのために用いられた。1873年(明治6)太陽暦が採用され、76年3月、太政官達第27号により「同年4月1日より、日曜休暇、土曜半日休暇」とすることが定められ、公務は従ったが、一般には、たとえば昭和のはじめごろには、まだ職人たちがそうであったように10日ごと、あるいは1日と15日を休むといった習慣が長く続いた。」と記載。
【資料3】p869「七曜」の項に「最も古いのは、藤原道長の『御堂関白記』の書かれた具注暦の長徳4年(998)下巻で、日付の頭部欄外に朱書で星宿(二十七宿)と並べて記されているが、道長の曽祖父藤原忠平の『貞信公記』はもと具注暦に書かれ、すでに延喜19年(919)には、その暦に宿曜の記載があったことが『貞信公記抄』の注記から推定される。当時行われていた『宿曜経』にその吉凶に関する記載があり、西方起源で中国を経て伝わったものと考えられる。この後の具注暦には必ずあり、仮名暦にもあるものもある。(中略)前代の七曜は現今の七曜ほどの一般日常生活との関係はないが、密教の伝法灌頂には宿と並べて日取りが吟味され、修法のうち、安鎮法は特に蜜日を尊重したことが注意されている。」と記載。
【資料4】p46「七曜日の伝来は古い」の項に、「この七曜日のわが国への伝来は、実は古いことで、わが国が施行した中国暦法の宣明暦によってつくられた具注暦といわれている宮廷関係者が使っていた暦には、古くから毎日の日付の上に朱で七曜日が注記されていた。」また、p230「わが国への七曜の伝来」の項に「週と七曜の習慣は、キリスト教とともに中央アジアを経て中国にまで達した。また仏教占星術とも習合して『宿曜経』という経典が成立した。 この『宿曜経』は、弘法大使によって日本に伝えられた。中央アジアでは七曜は当時国際語として広く使用されたソグド語で呼ばれていたが、そのうち太陽・日曜を現わす「ミル」という語は漢字で「蜜」と書かれた。平安時代に宿曜占星術が貴族の間で流行するようになると、具注暦の最上段に二十八宿(古くは二十七宿)と七曜が記載されるようになった。その際、日曜は「蜜」あるいは「蜜・日」と記された。 七曜の記載された最古の具注暦は藤原道長の日記『御堂関白記』の書かれたものである。」と記載。
【資料5】p193「休日の話」の項に「明治6年1月1日から太陽暦が実施されたが、今でいう公務員が日曜を休みとするようになったのは明治9年からで、これが七曜の正式採用といえるであろう」とあり、p195「曜日の話」の項では「七曜は中国には唐の時代に伝わって、それから日本にも渡って来たものである。この曜日が毎日連続的に使用されているのは『御堂関白記』と呼ばれる藤原道長(998-1021)が最初である。この日記は「具注暦」にかきこまれていて、ここに出ている曜日は確かに現在私たちが使用している曜日とつながっていることは計算によって確認できる。」と記載。
【資料6】p269「週休制の導入」には、明治時代に入ってからの週休制導入の経緯について記述あり。
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
時法.暦学  (449 9版)
参考資料
(Reference materials)
【資料1】『日本大百科全書 25 索引』小学館 1989 
【資料2】『日本大百科全書 11 』小学館,1988 
【資料3】『国史大辞典 』国史大辞典編集委員会編 吉川弘文館,1985  (1109730498)
【資料4】『暦の百科事典』暦の会編 本の友社,1999 (NDC:449.03)  (1108181346)
【資料5】『暦と日本人』内田正男編 雄山閣,2002 (NDC:449.81)  (1106157682)
【資料6】『明治改暦』岡田芳朗著 大修館書店,1994 (NDC:449.81)  (1106529269)
キーワード
(Keywords)
七曜
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
内容種別
(Type of subject)
質問者区分
(Category of questioner)
登録番号
(Registration number)
1000080625解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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