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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000075231
提供館
(Library)
埼玉県立久喜図書館 (2110009)管理番号
(Control number)
埼熊-2010-048
事例作成日
(Creation date)
2010/07/04登録日時
(Registration date)
2010年12月15日 02時00分更新日時
(Last update)
2010年12月28日 11時44分
質問
(Question)
富永善左衛門について次のことを知りたい。
1 (ア)なぜ、上福岡に移住するようになったのか。 (イ)城を持っていたようだが、その確認をしたい。
2 土肥出身で戸田港近辺の水軍だったらしいが確認したい。
3 小田原北条氏の家臣(水軍、新河岸川担当)とのことだが、分限帳等を見たい。
回答
(Answer)
1について(下記の①~⑤より)
(ア)富永氏の本拠地土肥には水軍城があり、土豪であり、地域の海賊衆を治めた水軍指揮者としての一族の性格が、北条氏が江戸城を扼する水上交通の結節点である江戸城に副将格として富永直勝(善左衛門の伯父)を入れた大きな動機になった。そこから善左衛門が入間川・新河岸川を上下する年貢・諸物資・人員の移動を掌握するという理由で派遣されたらしいと推定されている。
(イ)城山と呼ばれる遺跡が陣屋もしくは館跡と考えられるが、断定はできていない。

①『上福岡市史 通史編上』(上福岡市教育委員会 上福岡市 2000)
(ア)p404-405 富永善左衛門が福岡郷に派遣された理由について「水軍富永氏」の項で詳述している。p394-405「戦国時代の福岡郷」中で「北条氏所領役帳」(3で後述③『上福岡市史 資料編2』)や『新訂寛政重修諸家譜 7』等を引用し、富永氏の系譜と性格について述べている。
(イ)p394-400「富永善左衛門と城山」の項
福岡郷を分轄知行していた5人のうちの一人富永善左衛門について述べている。
また『新編武蔵風土記稿 巻之百六十六入間郡之十一』(p290-291)等の資料を引いて、
城山と呼ばれる中世遺跡について善左衛門の拠点とした陣屋もしくは館とした可能性が高いとの記述あり。
②『新訂寛政重修諸家譜 7』(続群書類従完成会 1965)
(ア)p360-376 宇多源氏佐々木庶流 富永
③『上福岡市史 資料編2 古代・中世・近世』 (上福岡市教育委員会 上福岡市 1997)
(ア)p197-200「富永家由緒書」(「弘化譜写」より抄出)、「富永家系図」(「寛政重修諸家譜」より作成)あり。
④『城山と富永善左衛門』(井田実著 上福岡市教育委員会 1995) 
(ア)p14「小田原北條家分限帳(永禄二乙未年年二月十二日)」からの記述あり。
p42伊豆の海賊的土豪であった富永氏が操船・造船・海上戦闘のノウハウを買われ、江戸城に政直(善左衛門祖父)が送り込まれ、江戸にいた富永氏から善左衛門が派遣され、水系監視の拠点として城山を築いた(推定)という記述あり。
(イ)p10-11城山についての概説 
『新編武蔵風土記稿 8』の記述から、富永氏の居城跡ではないかとしながらも、いまだに明確に断言できないとしている。
⑤『後北条氏家臣団人名辞典』 (下山治久編 東京堂出版 2006)
(イ)p445「守重」の項
善左衛門。北条氏康・氏政の家臣。『役帳』(小田原衆所領役帳)の江戸衆の記載について、『新編武蔵風土記稿』の福岡村の条に陣屋跡は富永善左衛門の居館跡と推定している。

2について
⑥『伊豆水軍』(永岡治著 静新新書 2008)
(『伊豆水軍物語』(永岡治著 中公新書 1982)の改訂版)
富永氏が土肥水軍の一角として、高谷城と丸山城を治めていたという記述多数あり。
p163 戦国時代以前の北条水軍の城や砦があったところのひとつとして戸田がでてくる。
⑦『静岡県史 通史編2 中世』(静岡県編 静岡県 1997)
p736-756「北条氏の伊豆家臣団と水軍」
p745富永氏が井田(戸田村)から宇久須(賀茂村)にかけて一帯を支配、水軍を率いたという記述あり。
p755豊臣水軍に対する海賊城として丸山城ありという記述あり。
⑧『小田原衆所領役帳』(佐脇栄智校注 東京堂出版 1998)
p87戸田港近辺の水軍に関して、善左衛門の伯父にあたる富永弥四郎(直勝と同一人物という仮説あり)が西土肥の千貫分を納めていたという記述あり。

3について
⑧『小田原衆所領役帳』(佐脇栄智校注 東京堂出版 1998)
p88富永善左衛門についての記述あり。
③『上福岡市史 資料編2 古代・中世・近世』(上福岡市教育委員会編 上福岡市 1997)
p168、170、172「北条氏所領役帳」富永善左衛門についての記述あり。

(注)〈善左衛門〉 について
『上福岡市史 資料編2』p198「富永家由緒書」(守定の子、正義の系統の善太郎により作成)では、守重とその子守定も善左衛門、同書のp200「富永家系図」(「寛政重修諸家譜」より。江戸幕府作成)では、守重は善右衛門、守定が善左衛門。
『上福岡市史 通史編上』p402「富永氏系図」では、守重が善右衛門、守定は善左衛門。
『後北条氏家臣団人名辞典』(小田原衆所領役帳)「寛政重修諸家譜」から)p445「守重」では、守重が善左衛門。凡例に家系については戦国期の確実な系図を求めることは不可能に近いとあり。
『小田原衆所領役帳』p88では、富永善左衛門の註として、実名不明とあり。

〈インターネット情報〉
福岡城(城山)について
http://www.geocities.jp/tsukayan0112/subdir-siropage/fukuokajou.html  2010/07/04最終確認)
内容は『上福岡市史』と同様のものが多い。
丸山城について
http://members.jcom.home.ne.jp/kaskoba/22_015.htm  2010/07/04最終確認)
高谷城について
http://www15.ocn.ne.jp/~castle04/takaya.html  2010/07/04最終確認)
《静岡県立中央図書館レファレンス事例検索》
https://www.tosyokan.pref.shizuoka.jp/licsxp-opac/WOpacRefSearchDispAction.do?iscanflg=true  2010/07/04最終確認)
キーワード〈富永〉で検索すると、1件ヒットする。
タイトル:高谷城(土肥町)
読売新聞(朝刊) 平成8年6月15日 高谷城-戦国時代・富永氏の拠点-土肥・大藪海岸で発見
産経新聞(朝刊) 平成8年1月24日(20面) PHOTO紀行 ふるさと古城の旅 高谷城
*埼玉県立図書館オンラインデータベース《ヨミダス歴史館》静岡地方版の収録範囲が2000年以降のため情報のみ。
回答プロセス
(Answering process)
居住地とされていた『上福岡市史』を調査し、紹介されていた参考文献等を確認する。
伊豆水軍に関する資料を調査する。
小田原北条氏の家臣に関する資料、分限帳を探す。
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
日本史  (210 9版)
参考資料
(Reference materials)
『上福岡市史 通史編 上』(上福岡市教育委員会編 上福岡市 2000)
『新訂寛政重修諸家譜 7』(続群書類従完成会 1965)
『上福岡市史 資料編2 古代・中世・近世』(上福岡市教育委員会編 上福岡 1997)
『城山と富永善左衛門』(井田実著 上福岡市教育委員会 1995)
『後北条氏家臣団人名辞典』 (下山治久編 東京堂出版 2006)
『伊豆水軍』(永岡治著 静新新書 2008)
『静岡県史 通史編2 中世』(静岡県編 静岡県 1997)
『小田原衆所領役帳』(佐脇栄智校注 東京堂出版 1998)
キーワード
(Keywords)
富永 善左衛門(トミナガ ゼンザエモン)
水軍-静岡県
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
個人
登録番号
(Registration number)
1000075231解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決