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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000071667
提供館
(Library)
北九州市立中央図書館 (2210015)管理番号
(Control number)
国際友好
事例作成日
(Creation date)
2010年09月23日登録日時
(Registration date)
2010年09月23日 12時00分更新日時
(Last update)
2012年12月22日 15時57分
質問
(Question)
高句麗の王「ムヒュル」について書かれた本があれば紹介してください。
回答
(Answer)
高句麗は満洲東部から朝鮮北部にいたトゥングース系の扶余族の支族であるという説が有力で、またその民族が建国した国名です。朝鮮古代の新羅・百済・高句麗三国の歴史書である『三国史記』によれば前37年に東明王朱蒙が建国したとされています。
全盛期は、4世紀末の有名な広開土王から6世紀初めにかけての3代120年間で、その後は百済と新羅の連合勢力に圧迫されて次第に衰退し、668年に唐と新羅の連合軍によって滅ぼされました。
この高句麗の三代目の王を大武(テム)神王(シンワン)(或いは大解朱留王)といい、諱(いみな)をムヒュル(無恤)といいました。東明王朱蒙の孫になります。18年から44年まで在位していました。
前掲の『三国史記』や『三国遺事』に東明王朱蒙による建国の伝説や大武神王の逸話が載っています。
回答プロセス
(Answering process)
① インターネット検索エンジンgoogleで「ムヒュル」を検索したところ、ウィキペディアフリー百科事典の大武神王のページに 「高句麗の王、諱は無恤(ぶじゅつ、ムヒュル)」という記述がありました。
②『世界大百科』で「高句麗」を調べると、高句麗王朝系図があり、第3代高句麗王が「大武神王」となっています。
③ 『高句麗の歴史と遺産』に王系図があり、「大武神王[無恤]」とあるため、同一人物と判明しました。
④『年表で見る 韓国の歴史』の索引に「無恤」の項があり、内容を確認したところ、無恤の読みが「ムヒュル」となっていました。
⑤ ④の資料で触れられていた『三国史記』を調べたところ、目次に「高句麗本紀第二/第三代 大武神王」の項があり、在位中の逸話が記載されていました。その他、『三国遺事』にも一文が載っています。
事前調査事項
(Preliminary research)
ムヒュルは人名。高句麗の王の名前です。
NDC
朝鮮  (221)
参考資料
(Reference materials)
『世界大百科事典 9』 平凡社 1988年 〈R031/セ/9〉 (348~349頁) (高句麗についての記述と、国王の系図有。)
『高句麗の歴史と遺跡』 東潮 中央公論社 1995年 〈221/ア〉 (25頁)
『年表で見る 韓国の歴史』 金徳珍 明石書店 2005年 <221/キ> (18頁)
『三国史記 2 東洋文庫425』 金富軾 平凡社 1983年 〈221/キ/2〉  (29~42,45~48頁)
『三国遺事 完訳』 一然 明石書店 1997年 〈221/イ〉 (26頁)
『新編 東洋史辞典』 京大東洋史辞典編纂会 東京創元社 1980年 〈R220/キ〉
『三国史記 完訳』 金富軾 明石書店 1997年 〈221/キ〉 (299頁)
キーワード
(Keywords)
ムヒュル
高句麗
大武神王
無恤
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
所蔵調査
内容種別
(Type of subject)
人物
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000071667解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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