このページではJavaScriptを使用しています。お客様の閲覧環境では、レファレンス協同データベースをご利用になれません。

レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000069535
提供館
(Library)
池田市立図書館 (2310164)管理番号
(Control number)
ike-1003
事例作成日
(Creation date)
2010/03/08登録日時
(Registration date)
2010年07月26日 14時10分更新日時
(Last update)
2010年08月08日 17時39分
質問
(Question)
昭和20年頃の伊丹飛行場は現在の伊丹空港(大阪空港)ですか?
回答
(Answer)
①『池田市史 概説篇』p1357によると、昭和12年逓信省航空局は従来の「大阪飛行場」(大阪市木津川尻)に代わるものとして、「大阪第二飛行場」の設置を計画。翌13年敷地53万㎡、滑走路2本の飛行場の建設を完了した。」とあります。

②『実記百年の大阪』p865-6には、木津川べりにあった飛行場から新たに移った理由は“スモッグ”である事の詳細が記述されています。

③『地域研究いたみ』p115によると、昭和14年1月大阪飛行場開設、とあります。

④『図説北摂の歴史』p234-5によると、昭和16年12月太平洋戦争勃発に伴い、軍用飛行場に転用される。戦争の激化に伴い、軍機密のもとで拡張工事は続けられ、敗戦時には総面積約186万㎡、開港時の3.5倍になり、米軍に接収されました。昭和33年に米国から返還された伊丹空港は国際空港になるべき拡張工事の陳情を国に提出、昭和34年大阪国際空港という名前に改められました。

⑤昭和26年の地形図では伊丹飛行場、昭和50年の地形図では大阪国際空港 となっています。

⑥『翔』p4~p9には位置図、飛行場建設風景、開港式写真等の記載があります。

⑦下記に記した参考図書にも上記と同様の記述があります。

以上の資料から、昭和20年頃の伊丹飛行場は現在の大阪(伊丹)飛行場であることが分かります。
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
航空運輸  (687 9版)
参考資料
(Reference materials)
『池田市史 概説篇』 池田市史編纂委員会/編纂 大阪府池田市役所 1971 216.3 B10082529
『豊中市史 本編 第4巻』 豊中市史編纂委員会/編 豊中市役所 1963 216.3 B10091858
『実記百年の大阪』 読売新聞大阪本社社会部/編 朋興社 1987.1 216.3 B10099517
『大阪春秋 第17号』 大阪春秋社 1978 216.3 B10097151
『池田学講座』 池田市教育委員会 池田市教育委員会 2008.2 291.63 B10963940
『池田歴史散歩』 室田卓雄/著 いけだ市民文化振興財団 1999.8 291.63 B10145154
『大阪近代史話』 「大阪の歴史」研究会/編 東方出版 1998.3 216.3 B10129366
『地域研究いたみ』 1975/09 市制35周年記念号 伊丹市役所 創刊号 (昭49.3)- B11133713
『伊丹新書』 神戸新聞総合出版センター/編集 神戸新聞総合出版センター 2007.8 291.64 B10893871
『図説北摂の歴史』 郷土出版社 1998.4 216.3 B10132578
『翔』 〔大阪国際空港/編〕 大阪国際空港50周年記念事業実行委員会 1990 687.9164 B10102022
『伊丹市史』 伊丹市史編纂専門委員会 1973 291.64 所蔵なし
キーワード
(Keywords)
大阪国際空港(大阪空港)
伊丹空港
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000069535解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決