レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2010/03/03
- 登録日時
- 2010/03/04 02:11
- 更新日時
- 2011/01/11 10:06
- 管理番号
- 10-RE-201003-01
- 質問
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解決
引越ししてきたときに近所の人に配る「ひっこしそば」には、どのような語源があるのか?
- 回答
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「おそばに参りました」の意をかけて、引っ越し先の隣近所に近づきのしるしとして配るそば。
(『デジタル大辞泉』『日本国語大辞典』『スーパー大辞林』の記載による)
江戸時代の資料「皇都午睡」及び「街能噂」より、引越し蕎麦の習俗が大阪ではなく、江戸で盛んであったことがわかる。
ただし。そのいわれについて『日本国語大辞典』などにある「おそばに末永く」という意で考えられている記載は見当たらない。
下記の図書をご紹介。
・『国史大辞典 8』 (吉川弘文館,1987.10)
「そば」の項(p655~656)
・『蕎麦辞典 改訂新版』植原 路郎/著 中村 綾子/改訂編(東京堂出版,2002.7)
引越し蕎麦について、嘉永ごろの成立と書かれている。
・『蕎麦の事典』(新島 繁/編著 柴田書店,1999.11)
江戸中期あたりからはじまったと書かれている。
・『新群書類従 第1 演劇』(国書刊行会,1907)
「皇都午睡」(西沢一鳳軒著。嘉永三年(一八五〇)成立)掲載。
引越蕎麦について一項目を設け、引越しの際には、江戸ではことごとく蕎麦を配るとある。当該記事の一部は『日本国語大辞典』の用例にも採用されている。
・『古事類苑 43 飲食部』 (古事類苑刊行会,1927)
「浪花雑誌街能噂」(以下「街迺噂」)及び「皇都午睡」の引用記事(p536)
・『江戸っ子はなぜ蕎麦なのか? 』(岩崎 信也/著 光文社,2007.6)
第1章15「引越しそば」あり(p149-154)
引越し蕎麦の風習が始まったのは江戸時代中期というのが定説であるとして、洒落本二日酔巵【サカズキ】(ふつかよいおおさかづき)(天明4年(1784年)刊)が紹介されている。「皇都午睡」及び「街能噂」も紹介されている。
・『徳川文芸類聚 第5 洒落本』(国書刊行会,1914)
洒落本二日酔巵【サカズキ】(ふつかよいおおさかづき)収録(p307-319)。
※【サカズキ】は、角偏に單(単の旧字)
- 回答プロセス
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1.商用データベース「Japan Knowledge(ジャパンナレッジ)(事典・辞書等)」で調査
キーワード“ひっこしそば”で検索。
『デジタル大辞泉』『日本国語大辞典』に項目あり。
ともに、「おそばに参りました」の意をかけているとの記載。
『日本国語大辞典』には、下記の用例があげられている。
*随筆・皇都午睡〔1850〕三・中「引越蕎麦〈略〉宿替引越しの節上方の宿茶とて附木を配る事なく江戸は悉く蕎麦を配る事なり」
*歌舞伎・勧善懲悪孝子誉〔1877〕二幕「引越し蕎麦の切手で済ませ」
“皇都午睡”で検索、『日本国語大辞典』にこうとごすい[クヮウトゴスイ] 【皇都午睡】 の項目あり。以下抜粋。
「~西沢一鳳軒著。嘉永三年(一八五〇)成立。歌舞伎狂言作者でもある一鳳軒の、見聞にもとづく考証随筆。芸能・文学・言語・風俗など対象は広く、京坂と江戸の比較をしている点に特徴がある。」
著者“西沢一鳳軒”も検索、西沢一鳳軒(にしざわいっぽうけん)『日本大百科全書』あり、
西沢一鳳(にしざわいっぽう)を見よとのことで、西沢一鳳で再検索。
『日本人名大辞典』『大辞泉』『日本国語大辞典』にも項目あり。
「[1802~1852]江戸後期の歌舞伎狂言作者。大坂の人。西沢一風の曾孫。家業の書店と貸本屋を営みながら、劇作および演劇考証に励んだ。著「脚色余録」「皇都午睡(みやこのひるね)」など。」(『大辞泉』より)
“勧善懲悪孝子誉”を検索、『日本国語大辞典』に、かんぜんちょうあくこうしのほまれ【勧善懲悪孝子誉】 の項目あるが、
考証随筆である『皇都午睡』より年代も新しく、歌舞伎作品であるので、追加調査はせず。
2.商用データベース「KOD研究社オンライン辞書検索サービス(英語辞書他)」を調査
キーワード“ひっこしそば”で検索。
『スーパー大辞林』に項目あり。「おそばに参りました」の意をかけているとの記載。用例はなし。
3.『皇都午睡』の刊本を調査。
日本古典籍総合目録http://base1.nijl.ac.jp/~tkoten/about.html (2010.3.9確認)で調査。
『新群書類従 第1 演劇』(国書刊行会,1907)に掲載を確認。
引越蕎麦について一項目を設け、引越しの際には、江戸ではことごとく蕎麦を配るとある。
当該記事の一部は『日本国語大辞典』の用例にも採用されている。
4.『国史大辞典 3』(吉川弘文館,1983.2)を調査
「そば」の項目(p655~656)に関連の記述あり。江戸時代中期に生まれた習俗のひとつとして紹介されている。
また、参考文献として『古事類苑』飲食部、新島繁『蕎麦史考』が紹介されている。
『蕎麦史考』は市立図書館では所蔵がない。
『古事類苑』(四三)飲食部を参照。
『古事類苑 43 飲食部』 (古事類苑刊行会,1927)「浪花雑誌街能噂」(以下「街迺噂」)及び「皇都午睡」の引用記事(p536)がある。
「皇都午睡」の記事は前項で確認したものと同じ。
「街迺噂」についてさらに確認する。
日本古典籍総合目録http://base1.nijl.ac.jp/~tkoten/about.html (2010.3.9確認)で調査。
成立は天保6年(1835年。「皇都午睡」成立の15年前。)
『浪速叢書 第14 風俗』 (浪速叢書刊行会,1927)に収められている。
同書の解題、及び凡例によると、江戸の雅客である鶴人が大阪の人である千長と萬松の二人と会話する形で進められる、江戸と大阪の風俗を対照する見聞記。
引越し蕎麦に関する内容は萬松が「大阪でも引越しの時は近所へ蕎麦を配りますかね」と尋ね、鶴人が「いえいえ、江戸は蕎麦を配りますが、大阪では付木を配ります」と答えている。以降、付木についての議論が続き、その後、鶴人が「江戸でまた引越しに蕎麦を配るのはどういう訳なんでしょうな」と尋ね、千長と萬松が「手軽だからでしょう」と答えている。
( 『浪速叢書 第14 風俗』「街迺噂」巻之三p.13~p.14参照。『古事類苑』にはp.14の部分が引用されている。)
5.そば関連図書を調査
ご自身で調査済の『そば事典』(植原 路郎/著 柴田書店,1964)(p.147)及び『蕎麦辞典 改訂新版』植原 路郎/著 中村 綾子/改訂編(東京堂出版,2002.7)には、引越し蕎麦について、嘉永ごろの成立と書かれている。
一方『蕎麦の事典』(新島 繁/編著 柴田書店,1999.11)は江戸中期あたりからはじまったと書かれている。
『江戸っ子はなぜ蕎麦なのか? 』(岩崎 信也/著 光文社,2007.6)
第1章15「引越しそば」あり(p149-154)
引越し蕎麦の風習が始まったのは江戸時代中期というのが定説であるとして、洒落本二日酔巵【サカズキ】(ふつかよいおおさかづき)、「皇都午睡」及び「街能噂」も紹介されている。
二日酔巵【サカズキ】(ふつかよいおおさかづき)について調査。
日本古典籍総合目録http://base1.nijl.ac.jp/~tkoten/about.html (2010.3.9確認)で調査。
万象亭( 森羅万象/一世 ) 作 北尾/政演( 山東/京伝 ) 画 天明四刊 とわかる。
当館所蔵をフリーワード“二日酔巵”で検索、『徳川文芸類聚 第5 洒落本』(国書刊行会,1914)に収録(p307-319)。
- 事前調査事項
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『そば事典』(植原 路郎/著 柴田書店,1964)のコピー(p.147)をご持参。
- NDC
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- 衣食住の習俗 (383 9版)
- 参考資料
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- 商用データベース「Japan Knowledge(ジャパンナレッジ)(事典・辞書等)」
- 商用データベース「KOD研究社オンライン辞書検索サービス(英語辞書他)」
- 『江戸っ子はなぜ蕎麦なのか? 』岩崎 信也/著 光文社,2007.6 ISBN 978-4-334-03408-5<当館書誌ID:0011441426>
- 『蕎麦の事典』 新島 繁/編著 柴田書店,1999.11 ISBN 4-388-05852-1<当館書誌ID:0000770292>
- 『蕎麦辞典 改訂新版』植原 路郎/著 中村 綾子/改訂編 東京堂出版,2002.7 ISBN 4-490-10604-1<当館書誌ID:0010336038>
- 『国史大辞典 8』 国史大辞典編集委員会/編 吉川弘文館,1987.10 ISBN4-642-00508-0<当館書誌ID:0000166998>
- 『浪速叢書 第14 風俗』 船越 政一郎/編纂校訂 浪速叢書刊行会,1927<当館書誌ID:0000329764>
- 『徳川文芸類聚 第5 洒落本』(国書刊行会,1914)<当館書誌ID:0011651257>
- キーワード
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- ひっこしそば
- 引越し蕎麦
- 蕎麦
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 言葉
- 質問者区分
- 図書館
- 登録番号
- 1000064334