このページではJavaScriptを使用しています。お客様の閲覧環境では、レファレンス協同データベースをご利用になれません。

レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000058681
提供館
(Library)
大阪市立中央図書館 (2210006)管理番号
(Control number)
10-0C-200909-02
事例作成日
(Creation date)
2009/02/12登録日時
(Registration date)
2009年10月14日 02時10分更新日時
(Last update)
2011年02月16日 17時37分
質問
(Question)
1960年、村山知義が訪中新劇団団長として中国訪問した。その時、郭沫若(かくまつじゃく)と写真を撮ったという。その写真か資料があれば見たい。
回答
(Answer)
村山知義は、1960、1965の2回にわたり訪中。(「日本社会運動人名事典」p559~)
「古い国新しい芸術-訪中公演日本新劇団の記録-」(筑摩書房,1961.7)に、
「陳殻副総理の招宴で挨拶する郭沫若氏。その右陳殻氏。左は村山団長、廖承志氏」と
解説がついている写真が掲載(P20)あり。
回答プロセス
(Answering process)
1 新聞記事を探す
  商用データベースを検索
  各新聞の商用データベースで「村山知義」×「郭沫若」→×、「訪中新劇団」→×
  商用データベース「聞蔵Ⅱ」朝日新聞縮刷版検索で朝日新聞1960年11月26日夕刊「新劇訪中団の報告から」。
  紙面イメージが確認できる。
  北京首都劇場での初日あいさつ・周総理招待ののガーデンパーティーでの村山知義の写真はあり。

2 雑誌記事を探す
  商用データベース「MAGAZINEPLUS」(日外アソシエーツ雑誌論文情報)
  「訪中」×「新劇団」→「新劇」1961年1月「訪中新劇団団員の感想」という記事があり。
   「新劇 8巻1~4号」(白水社,1961.1-4発行 合綴4冊)
    内容を確認するが、劇団員の木下、尾崎、大塚、桑山、北村、岩村、古賀等の筆で村山知義や郭沫若の記載は見当たらず。

  「大宅壮一文庫雑誌記事索引総目録 人名編 6」(大宅壮一文庫 1985.6)
    →p372~村山知義のリストあり。1960年代の記事は×

3 商用データベース「eレファレンス」
  「村山知義」で検索
→「日本社会運動人名事典」(p559~) '60、'65の2回にわたり訪中~との記載あり。

4 インターネット
 Googleで「村山知義」×「郭沫若」で検索
→同志社大学国文学の修士課程の論文が見つかる。
「木下順二と中国 -中国側からの評価」 康 小青 『同志社国文学』 (32) pp.59-68 1989-03
    文中に1960年9月に村山知義、郭沫若の名前の記載は散見される。  
1960年9月24日、9月27日に郭沫若が日本新劇団の上演を鑑賞している。

5 図書を確認
  蔵書検索で「村山知義」を検索
   →「村山知義戯曲集 上巻」(村山 知義著,新日本出版社,1971)を確認。
p520~年譜あり。「1960年訪中」、「1965年訪中新劇団」などの記述あり。
  「国史大辞典」
   村山知義の項目を確認。
   新劇の参考文献にあげられている「日本新劇史 下巻」(秋庭 太郎著,理想社,1971)の内容を確認。
昭和期についての記述が主、問合せの記述はみつからず。

6 当館資料以外で紹介できるところがあるか探す
  「赤旗」には掲載されている可能性が高いので、当時の赤旗の所蔵されている施設を探す。
  NACSISで赤旗の縮刷版が所蔵されている法政大学大原社会問題研究所を確認。

7.google画像検索 http://images.google.com/imghp?hl=ja&tab=wi (2009.11追加調査)

“村山知義”ד郭沫若”で検索
複数の人が写った写真から展覧会探訪をつづった個人のブログ「遊行七恵の日々是遊行」に行き当たる。
「橿原考古学研究所付属博物館『日中考古学交流のさきがけ』展に関する記事の部分での記載で、
「5/9、周恩来首相と会見する」(チラシの写真)とのことで、
「同時期に他の日本人団体もこの会見場所にいて」として
郭沫若・村山知義の名前を記載されているが、写真からは人物を判断できない。

図録からの転載かと考え、橿原考古学研究所付属博物館サイトを確認。
「展覧会」のメニューの「過去の展覧会」の中の2007年度に、『日中考古学交流のさきがけ』展の記述あり。
「~1957(昭和32年)、考古学者で組織された訪中団が当時の中国考古学の情況を視察~。
訪中団は、前年来日した中国科学院の郭末若院長からの招聘を受け、日本考古学協会と毎日新聞社の共同主催で組織されました。
~視察団は、4月16日に羽田を発ち、香港経由で6月4日に帰国しています。~」とあり、
「村山知義戯曲集 上巻」の年譜で確認した「1960年訪中」、「1965年訪中新劇団」とは年代があわない。

「刊行物」メニューの「特別陳列図録」の2007年度に「特別陳列 シルクロードを行く -橿原考古学研究所が企画・参画した調査から-」あり。
大阪府立図書館で所蔵(個人貸出不可)を取り寄せ、中身を確認するが、ブログに掲載されていた写真は見当たらず。

総合目録で検索すると、橿原考古学研究所附属博物館の刊行物目録には掲載されていない
『日中考古学交流のさきがけ ―50年前の訪中考古学視察団の足跡 企画展―』 (奈良県立橿原考古学研究所附属博物館編)が
島根県立図書館に所蔵があることがわかった。
同図書を、NACSIS WEBCATで検索すると、
奈文研・奈良教育大学・橿原考古学研究所の書庫(一般公開、18歳以上利用可)の所蔵が確認できた。
現物は未確認。

8. 当館所蔵を再度確認

フリーワード “新劇”ד訪中”で検索
「古い国新しい芸術-訪中公演日本新劇団の記録-」(筑摩書房,1961.7)が見つかる。
「陳殻副総理の招宴で挨拶する郭沫若氏。その右陳殻氏。左は村山団長、廖承志氏」と
解説がついている写真が掲載(P20)あり。
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
各種の演劇  (775 9版)
参考資料
(Reference materials)
商用データベース「聞蔵Ⅱ」
商用データベース「MAGAZINEPLUS」(日外アソシエーツ雑誌論文情報)
「大宅壮一文庫雑誌記事索引総目録 人名編 6」大宅壮一文庫 ,1985.6発行<当館書誌ID0080096237>
「木下順二と中国 -中国側からの評価」 康 小青 『同志社国文学』 (32) pp.59-68 1989-03 同志社大学学術リポジトリ http://elib.doshisha.ac.jp/japanese/index.html (09.10.2確認)
「日本社会運動人名辞典」塩田 庄兵衛,青木書店,1979.3発行<当館書誌ID0080054150>
「村山知義戯曲集 上巻」村山 知義著,新日本出版社,1971発行<当館書誌ID0080037253>
「国史大辞典」吉川弘文館
「日本新劇史 下巻」秋庭 太郎著,理想社,1971発行<当館書誌ID0080111999>
「古い国新しい芸術-訪中公演日本新劇団の記録-」尾崎 宏次/共編 木下 順二/共編 筑摩書房,1961.7<当館書誌ID0080276104>
キーワード
(Keywords)
村山知義
郭沫若
日本新劇団
照会先
(Institution or person inquired for advice)
法政大学大原社会問題研究所 http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/  (2009.10.3確認)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
村山知義(むらやまともよし)[1901~1977]
劇作家・演出家・小説家。東京の生まれ。前衛美術から演劇に転じ、プロレタリア演劇運動に参加。また新協劇団を結成、後進を育成した。
郭沫若(かく‐まつじゃく)[1892~1978]
中国の文学者・歴史学者・政治家。楽山(四川省)の人。日本に留学中、文筆活動を開始。日中戦争勃発と同時に抗日救国に活躍。中華人民共和国成立後、政務院副総理・中国科学院院長・中日友好協会名誉会長などを歴任。
(「大辞泉」より抜粋)
商用データベース「e-レファレンス/ツール」は、2010年6月から「e-レファレンス・ライブラリー」(日外 人物・出版情報) に変更。
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000058681解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
Twitter

このデータベースについて
国立国会図書館が全国の図書館等と協同で構築している、調べ物のためのデータベースです。詳細

活用法

刊行物・グッズ
新着データ
最近のアクセスランキング
レファ協PickUP!