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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000057745
提供館
(Library)
埼玉県立久喜図書館 (2110009)管理番号
(Control number)
埼熊-2009-023
事例作成日
(Creation date)
2009/05/24登録日時
(Registration date)
2009年09月09日 02時12分更新日時
(Last update)
2009年11月20日 16時51分
質問
(Question)
伊能忠敬が第三次測量時に熊谷を通過した際の記録もしくは現在の埼玉県を通過した際の記録を探している。
回答
(Answer)
第三次測量時の記録があった資料を中心に、関連記述のあった以下の資料を紹介する。
『伊能忠敬測量日記 1』(千葉県 1988)
p230 熊谷宿の記録 享和2年(1802)10月18~21日。 
p229-232 本庄、深谷、熊谷、鴻巣、桶川、上尾、大宮、浦和、戸田。
p540-551 伊能忠敬宿泊地一覧 第三次測量と第四次測量に熊谷あり。
p554 第三次測量行程図。

『伊能忠敬の歩いた日本』(渡辺一郎 筑摩書房 1999)
p64 〈第三次測量の道筋〉

『熊谷人物事典』(国書刊行会 1982)
p37に〈伊能忠敬〉の項あり。熊谷を数回通ったことと、『測量日記』の記述あり。

『伊能忠敬』(伊達牛助 古今書院 1937)
巻頭「伊能忠敬翁全国測量経過図」(以下「経過図」)あり。それぞれの測量の期間と経路が記され  ている。少なくとも4回は熊谷を通っているよう。
p88-91「羽越測量」 享和2年6月11日から同年10月23日まで行われた測量に関する記述あり。
p89「(前略)(享和二年)十月四日今町(今の直江津)に達した。ここより海岸を離れ、同日高田に着いた。それより一行は越後街道を測量しつつ善光寺、上田、追分、軽井沢、高崎、熊谷を経て十月二十三日に江戸へ帰着した。」とあり。
この資料の「緒言」において、「最も精確」な資料として紹介されているのが以下、
「伊能忠敬」(長岡半太郎監修 大谷亮吉編著 岩波書店 1917:第2刷は2001)であるが、県立未所蔵。国会図、千葉県図、神奈川県図・横浜市図等にあり。

『伊能忠敬』(今野武雄 新日本出版社 1977)
p114「第三次の測量」の章内
「(前略)(享和二年)十月四日今町(今の直江津)に達し、ここから海岸を離れて同じ日に高田に到着した。ここからは一行は越後街道を測りながら善光寺、上田を経て追分で中山道に入り、軽井沢、高崎、熊谷を通って十月二十三日に江戸へ帰着した。」とあり。前述『伊能忠敬』(古今書院)の記述と同様。

『伊能忠敬測量日記 1』(伊能忠敬〔著〕 佐久間達夫校訂 大空社 1998)
「羽越(第三次)測量篇」
冒頭に第三次測量の経路図あり。
「羽越(第三次)測量の概要」の章内「測量経路」の項p6に「(享和二年)十月十八日~二十日熊谷宿本陣竹井新右衛門宅泊」とあり。
「羽越(第三次)測量日記」内p79「新堀村」からp80「佐谷田村」までが現在の熊谷市の範囲内と思われる。p80に「熊谷宿 七ツ頃に着」「同二十一日 朝五ツ半熊谷宿出立」とあり。

『伊能忠敬測量日記 別巻』(佐久間達夫 大空社 1998)
p51-52「第三次測量」に、「(前略)高田から越後街道を長野の善光寺、上田と進み、追分から中山道に入り、軽井沢、高崎、熊谷と通って、江戸には十月二十三日に帰った。」とあり。
p65に第三次測量の経路図あり。
p272-「伊能忠敬測量隊宿泊地一覧」のp285-286に、享和二年十月十八日~二十日に熊谷宿の竹井新右衛門宅に泊まった記録あり。

『秩父市誌』(秩父市 1962)
p408-409「伊能忠敬と秩父の測量」の項に、秩父神社所蔵薗田日記の記録あり。
測量のため入秩したのは、文化11年5月。また同年5月27日の松本御用日記からも、忠敬の大宮郷到着は5月下旬とあり。

『桶川市史 1 通史』(桶川市 1990)
p422「桶川宿と文人墨客」の項に記述あり。「沿海日記」によれば、享和2年10月21日には熊谷宿を朝五ツ半)(午前九時ころ)出発、出口にて富士山、筑波山、日光山、浅間山其外諸山を測量したとあり。

『忠敬と伊能図』(伊能忠敬研究会 アワ・プラニング 1998)
p98、p101、p102-103、p104

『幕府天文方御用伊能測量隊まかり通る』(NTT出版 1997)
p35、p172-173、p202-203、p2038-239

「熊谷郷土文化会だより 6号」(熊谷市郷土文化会 1964:熊谷市図蔵)
県立図では6号欠号により熊谷市図確認をお願いする。
本誌p14-15
回答プロセス
(Answering process)
所蔵資料で該当する資料を調査する。
《埼玉人物文献索引》を〈伊能忠敬〉で検索する。以下の2件あり。
『秩父市誌』(秩父市 1962)p408-409
『桶川市史 1 通史』(桶川市 1990)p422

熊谷市立図書館に調査依頼したが、当館で調査した該当資料以外には新たな記録は見つからずとの回答を得る。

《MAGAZINEPLUS》を〈伊能忠敬〉で検索すると226件記事があり。
〈伊能忠敬 & 熊谷〉で検索すると該当なし。
〈伊能忠敬 & 埼玉〉で検索すると該当なし。

その他調査済み資料
『熊谷市史 前編』(熊谷市 1964)
『熊谷市史 後編』(熊谷市 1964)
『熊谷市史 通史編』(熊谷市 1984)
『熊谷県とゆかりの人びと 市内の文化財をめぐる5』(熊谷市立図書館 1989)
『熊谷歴史年表』(熊谷市立図書館 1993)
『熊谷のあゆみ』(熊谷市 1952)
『私たちの郷土熊谷の歴史ちの郷土熊谷の歴史』(熊谷市立図書館 1995)
『私たちの郷土熊谷の歴史』(熊谷市立図書館 2002)
『私たちの郷土新編熊谷の歴史』(熊谷市立図書館 2008)
『熊谷歴史年表 市制施行70周年記念』(熊谷市立図書館 2003)
『わが郷土熊谷・石原・本石の歴史』(関口和好 2007)
『熊谷郷土会誌』(国書刊行会 1984)
『熊谷史話』(国書刊行会 1981)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
個人伝記  (289 9版)
貴重書.郷土資料.その他の特別コレクション  (090 9版)
測量  (512 9版)
参考資料
(Reference materials)
『伊能忠敬測量日記 1』(千葉県 1988)
『伊能忠敬の歩いた日本』(渡辺一郎 筑摩書房 1999)
『熊谷人物事典』(国書刊行会 1982)
『伊能忠敬』(伊達牛助 古今書院 1937)
『伊能忠敬』(今野武雄 新日本出版社 1977)
『伊能忠敬測量日記 1』(伊能忠敬〔著〕 佐久間達夫校訂 大空社 1998)
『伊能忠敬測量日記 別巻』(佐久間達夫 大空社 1998)
『秩父市誌』(秩父市 1962)
『桶川市史 1 通史』(桶川市 1990)
『忠敬と伊能図』(伊能忠敬研究会 アワ・プラニング 1998)
『幕府天文方御用伊能測量隊まかり通る』(NTT出版 1997)
キーワード
(Keywords)
伊能 忠敬(イノウ タダタカ)
測量
武蔵国-江戸時代
埼玉県-熊谷市
郷土資料 
照会先
(Institution or person inquired for advice)
熊谷市立図書館
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
定番事例-参考資料-熊谷人物事典-解決
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
個人
登録番号
(Registration number)
1000057745解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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