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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000053484
提供館
(Library)
大阪市立中央図書館 (2210006)管理番号
(Control number)
10-2C-200903-01
事例作成日
(Creation date)
2009年03月11日登録日時
(Registration date)
2009年04月01日 20時22分更新日時
(Last update)
2010年12月13日 19時21分
質問
(Question)
御寺御所(おてらごしょ)とは何か?
回答
(Answer)
京都上京区の大聖寺(だいしょうじ)のこと。尼五山の一。聖護院が延宝3年(1675)に類焼し、現在地(京都市左京区)に移った跡に建てられた。

中御門(なかみかど)天皇の第7皇女、永皎女王(えいこうじょおう)(1733*-1808)が、大聖寺で出家し,住職となり、明和6年(1769)御所号をゆるされ,以後同寺は御寺御所ともよばれた。
(『日本人名辞典』永皎女王(えいこうじょおう)の項より)

下記の資料をご紹介した。

・後円融天皇の皇女が入寺、住職になってから24代はすべて内親王によって法灯が受け継がれてきた。
第6代覚鎮禅尼のときに、正親町天皇から「尼寺第一位」の綸旨を賜り、さらに「御寺の御所」という御所号の呼称がゆるされるようになった。
(『尼寺三十六所法話巡礼:新版』(朱鷺書房刊)「大聖寺門跡」の項目(p.22)より)

・寺伝によれば正親町天皇(在位1557~86)の皇女入室の時、当寺を尼寺第一位とする綸旨が下された。以後皇女の入室が続き門跡寺とされた。
(『日本歴史地名大系 27 京都市の地名』 (平凡社,1979.9) 大聖寺(だいしようじ)の項より)

また、東京大学史料編纂所 東京大学史料編纂所データベース 古記録フルテキストデータベースによると、
大聖寺が明和6年(1769)御所号をゆるされた年代より古い『建内記』(室町中期の公卿、万里小路時房(までのこうじときふさ)(1394~1457)の日記)嘉吉1.2年に“御 寺 御 所”の記載がみえることをあわせてお伝えする。
  1) 嘉吉1年12月27日   事 也 、 〉 春 日 局 出 逢 之 、 次 参 御 寺 御 所 、 〈 普 広 院 殿 御 後 室 ( 正 親 町
     建内記 5/35 27-0  
2) 嘉吉2年4月11日     足 利 義 教 後 室 、 瑞 春 院 主 ) 〈 御 寺 御 所 事 也 、 〉 御 留 守 之 間 、 進 置 了
    建内記 5/69 79-0
※『建内記』は、『大日本古記録』(岩波書店)収録

2009.12追加

『あやめ艸日記 = In Iris Fields:Remembrances and Poetry‐ 御寺御所大聖寺門跡花山院慈薫尼公』 (花山院 慈薫/著 淡交社,2009.2)
(第27代大聖寺門跡の尼僧、故・花山院慈薫が綴った随筆を収録)が刊行されている。
回答プロセス
(Answering process)
1.商用データベース「Japan Knowledge(ジャパンナレッジ)(事典・辞書等) 」で調査
  “御寺御所”で全文検索、日本人名辞典「永皎女王(えいこうじょおう)」(1733*-1808)の記事が見つかる。
  江戸時代中期-後期,中御門(なかみかど)天皇の第7皇女。
京都大聖寺で出家し,住職となり、明和6年御所号をゆるされ,以後同寺は御寺御所ともよばれたとのこと。

2.当館所蔵検索
  フリーワード“大聖寺”で検索、『尼寺三十六所法話巡礼:新版』が見つかる。

3.商用データベース「e-レファレンス/ツール(日外 人物・出版情報)」で調査
  “永皎女王”で検索、「永皎女王(えいこうじょおう)」の項目あり。
  『国史大辞典』(えいこうにょおう)、『新潮日本人名辞典』、『日本女性人名辞典』、『日本人名大事典』(えいこうにょおう)に掲載あり。  

4.『日本歴史地名大系 27 京都市の地名』 (平凡社,1979.9)を調査
  大聖寺(だいしようじ)の項目あり。
  「上京区御所八幡町 臨済系単立寺院。尼五山の一。聖護院が延宝三年(一六七五)に類焼し、現在地(京都市左京区)に移った跡に建てられた。」
  「寺伝によれば正親町天皇の皇女入室の時、当寺を尼寺第一位とする綸旨が下された。以後皇女の入室が続き門跡寺とされた。」

5.東京大学史料編纂所 東京大学史料編纂所データベースを調査
  “御寺御所”で検索。
古記録フルテキストデータベース で2件見つかる。
  1) 嘉吉1年12月27日
     事 也 、 〉 春 日 局 出 逢 之 、 次 参 御 寺 御 所 、 〈 普 広 院 殿 御 後 室 ( 正 親 町
    建内記 5/35 27-0  
2) 嘉吉2年4月11日
     足 利 義 教 後 室 、 瑞 春 院 主 ) 〈 御 寺 御 所 事 也 、 〉 御 留 守 之 間 、 進 置 了
    建内記 5/69 79-0

 近世編年データベースで1件見つかる。
  【史料群名】 天皇皇族実録 中御門天皇実録 3巻781頁
  【和暦年月日】 明和06年12月25日(17690120250) 1条
  【綱文内容】 「皇女永皎女王「大聖寺永皎女王、倫宮、天厳永杲、勝妙楽院」の」御所号を御寺御所と称すべき旨、仰せ出さる、
  【出典名】 禁裏執次詰所日記

2009.12追加調査

当館所蔵をフリーワード“御寺御所”で検索
『あやめ艸日記 = In Iris Fields:Remembrances and Poetry‐ 御寺御所大聖寺門跡花山院慈薫尼公』 (花山院 慈薫/著 淡交社,2009.2)
第27代大聖寺門跡の尼僧、故・花山院慈薫が綴った随筆を収録。
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
日本史  (210 9版)
参考資料
(Reference materials)
商用データベース「Japan Knowledge(ジャパンナレッジ)(事典・辞書等)」『日本人名大辞典』
商用データベース「e-レファレンス/ツール(日外 人物・出版情報)」
『尼寺三十六所法話巡礼 新版』朱鷺書房,2001 ISBN 4-88602-323-1<当館書誌ID:0010195384>
『日本歴史地名大系 27 京都市の地名』平凡社,1979.9<当館書誌ID:0080056938>
東京大学史料編纂所 東京大学史料編纂所データベース http://www.hi.u-tokyo.ac.jp/ships/ (2009.12.20確認)
『あやめ艸日記 = In Iris Fields:Remembrances and Poetry‐ 御寺御所大聖寺門跡花山院慈薫尼公』 花山院 慈薫/著 淡交社,2009.2 ISBN 978-4-473-03569-1<当館書誌ID:0011801329>
キーワード
(Keywords)
御寺御所
だいしょうじ
御所
京都府京都市
大聖寺
おてらごしょ
永皎女王
えいこうじょおう
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
大阪市立図書館では、2010年12月現在、商用データベース「Japan Knowledge(ジャパンナレッジ)」(事典・辞書等)で『日本歴史地名大系』の検索・閲覧が可能です。
商用データベース「e-レファレンス/ツール」は、2010年6月から「e-レファレンス・ライブラリー」(日外 人物・出版情報) に変更。人名調査には、「人物レファレンス事典plus」をご利用ください。
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000053484解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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