このページではJavaScriptを使用しています。お客様の閲覧環境では、レファレンス協同データベースをご利用になれません。

レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000051383
提供館
(Library)
神奈川大学図書館 (3310064)管理番号
(Control number)
08-022
事例作成日
(Creation date)
2009年2月1日登録日時
(Registration date)
2009年02月05日 09時22分更新日時
(Last update)
2013年02月19日 14時59分
質問
(Question)
1949-50年にかけて、日本の新聞雑誌に取り上げられたという、連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサーが発言した
「日本は東洋のスイスたれ」という箇所、その記事を知りたい
回答
(Answer)
調査内容としては「日本は東洋のスイスたれ」という発言の調査依頼だが、「太平洋のスイス」が求める発言だと
思われる。なお、発言がなされた場だが、1949年3月3日に行われたプライス氏との会談中だと思われる。
但し、日本の中立の維持を強調しているものの、「太平洋のスイス」等々の表現は確認できなかった。
回答プロセス
(Answering process)
【調査方針】
1945年以降であれば朝日新聞の記事データベース聞蔵Ⅱで検索ができるので、まずはそこから始める。

【調査プロセス】
①マッカーサー&日本&スイスといった具合で検索したところ、1950年4月21日朝刊の天声人語に
 該当の記事が収録されていることが分かった。

②画像イメージが荒く細かな文字が読みにくいため、縮刷版と見比べながら確認する。内容は以下の通り。
 [天声人語]
 「太平洋のスイス」とはまことに素晴らしい言葉である。戦争放棄を憲法に明記した日本の将来あるべき
 姿を、これほど美しく声高に、かつ厳しく的確に規程した言葉は他にない▼マッカーサー元帥が初めてこ
 の表現を用いたのは昨春のこと。英国新聞の首脳が来日したそのときその質問に答えて「戦争が起こっ
 た場合も米国は日本が戦うことを欲しない。日本の役割は太平洋のスイスとなることだ」と明言したのだ
 ▼その後、日本の防波堤論や軍事基地論がにぎやかになって、「太平洋のスイス」もシンキロウのように
 消え去ったのではないかと心配になったが、こんどはまたマッキヴォイ氏との会見でマ元帥は「日本は極
 東のスイスとなり、将来いかなる戦争があっても中立を保たねばならなぬ」と再確言した▼最近わが国の
 評論家の一部では、中立などは白昼夢でありナンセンスであるとの議論がだいぶ幅をきかせている▼そ
 の論旨を拝見すると、スイスは相当の軍備をもつて初めて中立を維持している、非武装の日本が永世中
 立を望むがごときは前世紀的な迷夢であるというにあるようだ▼もしも原子力戦争が将来起こるものと仮
 定して、幸か不幸か生き残ったものがあつて第二次世界大戦を振りいかえって見るならば、恐らくそれは
 一個の古典的戦争に過ぎないものであろう。▼このような戦争形態の高度の段階において、軍備がなけ
 れば中立を唱えられぬとするとこそ、むしろ前世紀的中立論なのである▼マ元帥の言をカサにきていう
 わけではない。その言葉には最も正しい世界観の哲理を含んでいる。また率直にいつて日本占領の最高
 責任者の言なればこそ○○重みもある▼が最も大切なことはわれわれ日本人自身がこの平和と中立の
 態度をぴつたり身につけておくことである。これは他人事ではない。

③さてこの天声人語を読むと、1950年4月21日以前にマッカーサーの発言があったことが推測できる。
またこの段階で、「東洋のスイス」ではなく、「太平洋のスイス」が正しい発言内容であることが分かる。

④“太平洋のスイス”で再度聞蔵Ⅱを検索。1949年9月18日「太平洋のスイス」への道 鈴川特派員発と
 いう記事がヒットした。以下、冒頭部分を抜粋すると、
 [太平洋のスイスへの道]
 あらゆる軍備を廃し一切の戦争を放棄した日本にとっての最大の関心事の一つは、今後世界の荒波に
 乗出していかにして自己の安全保障を計るかである。もっとも連合国の占領下にある間はこのことも問題
 とはならない。過ぐる第五国会でも大分議論されたように、これが戦後すでに五年目を迎えた日本国民
 にとり、ことに現在のような不安定な国際情勢の下にあつて大きな関心の的になることは当然のこととい
 えよう。この問題につき過般マックアーサー元帥は「日本は太平洋のスイスであるべきだ」と述べたが、
 記者はその本場スイスにきて、この国の国際的立場につきエルンスト・ノッブス大統領以下、各界指導者
 および一般スイス人の気持ちを打診し、同時に新生日本の前途についての期待をも聞く機会を得て示唆
 を興えられるところが多かった。

⑤“太平洋”“スイス”“日本”などを組み合わせても、これ以上ヒットする記事がないので、年表類で確認
 することにする。
 『近代日本総合年表』を見たところ、1949年3月3日に「日本防衛決意表明」という文章があった。

⑥再度聞蔵Ⅱで1949年3月に限定して“マッカーサー”“防衛”などのキーワードを組み合わせて検索した
 ところ以下の記事がヒットした。1949年3月3日の新聞に以下のような記事が掲載されていた。
 [日本中立を維持 マ元帥侵略には断固防衛言明]
 ロンドンのデイリー・メール紙の重役ウォード・プライス氏は最近日本を訪問、総司令部にマックアーサー
 元帥を訪れ長時間にわたり会談した。以下はマ元帥がプライス氏の質問に応じ、太平洋戦略における
 日本の地位をはじめて日本の国内問題、ソ連の動向、共産主義の危険などについて答えた会見談の
 内容である。
 [日本を同盟国に望まず]
 プライス氏 米国の太平洋戦略における日本の役割は
 マ元帥 米国は断じて日本を同盟国として利用する考えはない。米国が日本に望むことは中立を維持
 することだけである。米国は日本が自立化するよう援助を?えているが、これは米国が日本に「補給」す
 るという負担から早くまぬかれたいためである。私は日本が今後三、四年以内に国内生産により、あるい
 は輸出による輸入食料の代金支払いによって自給自足の時期に達するものと信じている。

⑦さて、⑥の記事には、“太平洋のスイス”といった表現は出てこない。しかし、①の天声人語の記事の中で
  「▼マッカーサー元帥が初めてこの表現を用いたのは昨春のこと。英国新聞の首脳が来日したそのと
  きその質問に答えて「戦争が起こった場合も米国は日本が戦うことを欲しない。日本の役割は太平洋
  のスイスとなることだ」と明言したのだ」
  と時期的にも、英国新聞首脳との会談である点も一致する。

⑧以上の調査結果から、マッカーサー発言の初出は1949年3月3日に行われたプライス氏との会談の
  場であったことを回答として一先ず依頼者に伝えることにする。
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC 
参考資料
(Reference materials)
近代日本総合年表
キーワード
(Keywords)
日本は東洋のスイスたれ
太平洋のスイス
マッカーサー
デイリー・メール
ウォード・プライス
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
言葉
質問者区分
(Category of questioner)
学生
登録番号
(Registration number)
1000051383解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
Twitter

このデータベースについて
国立国会図書館が全国の図書館等と協同で構築している、調べ物のためのデータベースです。詳細

活用法

刊行物・グッズ
新着データ
最近のアクセスランキング
レファ協PickUP!