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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000051004
提供館
(Library)
埼玉県立久喜図書館 (2110009)管理番号
(Control number)
埼浦-2008-024
事例作成日
(Creation date)
2008/07/09登録日時
(Registration date)
2009年01月23日 02時10分更新日時
(Last update)
2015年05月29日 09時12分
質問
(Question)
武蔵国で代官を務めた、「天羽景安」について知りたい。信州でも代官だったらしい。子の代で失脚し、子・孫は遠島になったらしい。
回答
(Answer)
以下の資料を紹介した。
備考に追記有り。(2015/05/27)

『寛政重修諸家譜 18 新訂』
p314-315に、景次(内匠)-景慶(七右衛門)-景安(七右衛門)-某(七十郎・七右衛門)-某(七蔵)と連なる、天羽氏の系図が掲載されている。
景安の項には「大猷院殿(家光)につかへたてまつり、御代官をつとめ、蔵米二百俵をたまふ。天和二年死す。」とあり。
子・某(七十郎・七右衛門)の項には、代官を世襲したものの元禄2年に罷免され、元禄10年に遠島になった旨の記述あり。
孫・某(七蔵)の項には、父の元禄10年の遠流時に追放され、13年5月に赦免になった旨の記述あり。

『断家譜 3』
p4に天羽家の項があり、記述内容はほぼ『寛政重修諸家譜 新訂』と同じだが、「本国上総、紋右巴」、景次の項に「生国上総」、景安の項に「父跡御代官、賜二百俵、寛文十二年壬子閏六月二十三日奥平大膳亮上地羽州最上領三万石御預、天和三年癸亥没」とある(没年が『寛政重修諸家譜 新訂』と異なる)。

『干城録 12』
p111の天羽家の項には、景次・景慶・景安が上総生まれである旨の記述あり。その他の記述は『寛政重修諸家譜 新訂』と同じ。
『江戸幕府代官履歴辞典』
p20-21に、天羽七右衛門として「天羽七右衛門景安」「天羽七右衛門景慶」「天羽七右衛門」の3名が掲載されている。発令年、離職年、赴任歴等が掲載されている(不明のものもあり)。また、3名とも赴任歴には信濃の陣屋が掲載されている。

『天領』
p302、p309、p313の「信濃代官」の項に次の記載あり。北信濃の中野陣屋に寛永20年(1643)、代官天羽七右衛門が赴任したこと。中野のほかに南信濃の伊奈・筑摩両郡の天領も支配し、多いときで6万石に及んでいたこと。天和2年(1682)に、代官天羽七右衛門が佐久郡の天領を平賀陣屋において支配していたこと。

『江戸幕府代官頭文書集成』
p664-665、p878に、信濃史料を出典とする文書3通(慶長11年(1606)、慶長17年(1612))が掲載されているが、いずれも署名は「天羽吉右衛門」となっている。吉右衛門と七右衛門の関係は不明。

『鳩山町史 2 鳩山の歴史・下』
p38-39には、『寛政重修諸家譜 新訂』を出典とする天羽氏の概要と、正保・慶安年間(1644-1652)に天羽七右衛門が武蔵国内で代官を務めた村は20村(4835石余)あること(出典『武蔵田園簿』)、現鳩山町域内に天羽七右衛門が単独で支配した村(一給支配村)が集中しており、支配のために寛文2年(1662)に新たに「今宿村」を設けたこと、について記述あり。
この他、江戸時代の状況を記述した個所(p8-17、41、42、59、80、167等)に、代官として「天羽七右衛門」の名が散見される。しかし、『天領』の記述にある信濃のように、武蔵国内の陣屋に赴任したという記述は確認できず。
なお、現鳩山町域内の大部分の天領は、寛文4年に旗本等の知行に移行し、天羽氏の支配は終了している(p13)との記述あり。

『埼玉史料辞典』
p253「天羽七右衛門代官所」に、支配地が掲載されている。

『武蔵田園簿』
p33、p61、p65、p89、p102、p108-109、p111、p117、p119、p121、p136-138、p141、p184に「天羽七右衛門代官所」支配地あり。「武蔵一国高寄」p242に「天羽七右衛門」あり。

本間清利「江戸幕府関東代官の系譜」(『埼玉県史研究 第12号』p17-35)の「武蔵田園簿と江戸初期の代官」p22に、「天羽七右衛門は景安とみられる。」とある。
回答プロセス
(Answering process)
家系資料、代官関係資料を調査し、該当する資料数件あり。『埼玉史料辞典』p253「天羽七右衛門代官所」に、支配地が掲載されていたため、石高が高い地域の市町村史資料にあたったところ、『鳩山町史 2 鳩山の歴史・下』に比較的多くの記述あり。『埼玉雑索』を<代官>で検索したところ、『埼玉県史研究 第12号』に該当する記述あり。

以下は該当する記述が見あたらなかった資料。
『国史大辞典 1』『江戸幕府の代官』『江戸幕府代官史料』『寛政譜以降旗本家百科事典 6』『川越市史』『東松山市の歴史』『小川町の歴史』『坂戸市史』『越生の歴史』
『毛呂山町史』はp228に名があるのみだった。
事前調査事項
(Preliminary research)
以下の資料にその名がみられる。
『新編埼玉県史 資料編 17(近世8)』
 p1013-1014「正保四年三月 山本坊御朱印願ニ付天羽景安添証文」
『新編埼玉県史 資料編 18(中世・近世)』
 p718-719「天羽景安書状」、p720「天羽景安書状」
NDC
関東地方  (213 9版)
貴重書.郷土資料.その他の特別コレクション  (090 9版)
個人伝記  (289 9版)
参考資料
(Reference materials)
『寛政重修諸家譜 18 新訂』(続群書類従完成会 1985)
『断家譜 3』(田畑吉正 続群書類従完成会 1976)
『干城録 12』(林亮勝 人間舎 2001)
『江戸幕府代官履歴辞典』(西沢淳男 岩田書院 2001)
『天領』(村上直 人物往来社 1965)
『江戸幕府代官頭文書集成』(和泉清司 文献出版 1999)
『鳩山町史 2 鳩山の歴史・下』(鳩山町史編集委員会 鳩山町 2006)
『埼玉史料辞典』(埼玉新聞社 1968)
『武蔵田園簿』(北島正元 近藤出版社 1977)
『埼玉県史研究 第12号』
キーワード
(Keywords)
代官
天羽 景安(アマウ カゲヤス-アモウ カゲヤス)
天羽 七右衛門(アマウ シチエモン-アモウ シチエモン)
武蔵国-埼玉県-歴史-江戸時代
郷土資料
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
国会図レファ協DB事業サポーター様より情報提供あり。(2015/05/27)

『徳川幕府全代官人名辞典』(村上直 [ほか]編 東京堂出版 2015)
 p17 「天羽景安」「天羽七右衛門」の記述あり。
 「天羽景安」は「典拠・参考文献」に「寛政譜」「代官履歴」「武蔵田園簿」(近藤出版 1977)「陣屋と代官」、「天羽七右衛門」は参考文献に「寛政譜」「代官履歴」が挙げられている。
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
個人
登録番号
(Registration number)
1000051004解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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