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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000045506
提供館
(Library)
埼玉県立久喜図書館 (2110009)管理番号
(Control number)
埼浦-2007-133
事例作成日
(Creation date)
2008/02/01登録日時
(Registration date)
2008年07月04日 02時11分更新日時
(Last update)
2009年11月20日 17時01分
質問
(Question)
戦後、秩父鉱山で採掘をしていた頃の鉱山町(鉱山労働者が居住した町)の営みが分かる資料を見たい。特に、人口、労働者数、労働者の家族が通学した学校および校内図、病院について知りたい。
回答
(Answer)
秩父鉱山(大滝村小倉沢地区)で採掘をしていた日窒鉱業(現:(株)ニッチツ)が、社宅を大滝村中津川地区に建設したという情報を調査過程で得た。このため、調査対象地区を小倉沢と中津川とし、以下の資料を紹介した。
①『埼玉県の近代化遺産』
p35-38「(株)ニッチツ資源開発本部」の項に、鉱山沿革・周辺施設の詳細な記述あり。また、本部・選鉱場等の写真が数点掲載されている。昭和53年金属部門の生産を中止し、合併・商号変更を経て(株)ニッチツ資源開発本部として現在に至る旨の記述あり。
②『埼玉のへき地教育実態調査報告 7~9』
p6-29「第一章 地域社会の実態」では、中津川地区の生活に関する詳細な報告あり。p20によると、「鉱山のある小倉沢では社宅を建てる土地がすでに無く、仕方なく中津川に社宅を建築したとの事である。」とあり。p22には社宅の間取図が掲載されている。
p30-58「第二章 児童の実態」では、中津川地区を中心に児童の生活実態について詳細な報告あり。p58には大滝小学校中津川分校の簡単な校図あり。
p59-74「第三章 学校の実態」では、中津川分校の校歴、学校方針ほか様々な報告があり、当時の状況が分かる。また、小倉沢小中学校との関係についても記述あり。
③野中市夫「秩父鉱山」『地理の広場 第17号 (1973年7月号)』
p97-110 鉱山概要、鉱業所・日用品販売所、寮、学校の写真数点が掲載されている。
p110「鉱山(大滝村小倉沢地区)における世帯・人口の変遷」に、昭和46~48年の世帯数・人口数あり。
④『埼玉県教育史 7』
p896に小倉沢(小学校)、大滝小学校中津川分校の昭和24、33、42年の学級・教員・児童数について記述あり。
p919に小倉沢(中学校)、大滝中学校の昭和24、33、42年の学級・教員・生徒数について記述あり。
⑤『埼玉県学校大観』
p218に小倉沢小中学校、大滝中学校の校歴について記述あり。
⑥『廃校浪漫紀行』
p173に小倉沢小中学校の簡単な校歴、閉校最終年度の生徒数の記述あり。
⑦『大滝村勢要覧 昭和29年度』
口絵写真に日窒秩父鉱業所の全景と選鉱場の写真が掲載あり。同じく口絵写真に小倉沢小中学校、大滝小学校中津川分校の写真が掲載あり。
p11「部落別世帯数及び人口」(昭和25.10.1)に、小倉沢、中津川の世帯数、男女別人口の記述あり。
p11-12「産業及び男女別14才以上就業者数」「職業及び男女別14才以上就業者数」(昭和25.10.1)に鉱業に携わる就業者数あり。ただし日窒鉱業の労働者かは不明。
p26-28に小倉沢小中学校、大滝小学校中津川分校、大滝中学校の校歴、教室数、坪数、学級・職員・生徒数の記述あり。
p33に鉱山についての簡単な解説あり。
⑧『村の概況』(大滝村 1961)
p1に鉱山についての簡単な解説あり。
p3「部落別世帯数及び人口」(昭和35.10.1国勢調査)に、小倉沢、中津川の世帯数、男女別人口の記述あり。
p3「産業別人口」に、鉱業に携わる就業者数あり。日窒鉱業の労働者かは不明。
p7「教育の状況」に上記3校の教室数、坪数、学級・職員・生徒数の記述あり。
⑨『大滝村勢要覧 1978』
p8「産業分類別人口」(国勢調査10月1日現在)に、昭和35、40、45、50年の鉱業に携わる就業者数あり。日窒鉱業の労働者かは不明。
p12-13に上記3校の校歴、校地面積、学級・教員・生徒数の記述あり。
p25に昭和30年度~53年度までの小中学校入学者の推移が分かる表が掲載されている。
⑩『大滝村勢要覧 1984』
p17に鉱山についての簡単な解説と、珪砂工場の写真が掲載されている。
統計資料編p2「地区別人口」(昭和58年10月1日現在)に、小倉沢、中津川の世帯数、人口の記述あり。
統計資料編p3「15才以上産業別就業者数」に、昭和40、45、50、55年の鉱業に携わる就業者数あり。日窒鉱業の労働者かは不明。
統計資料編p4に昭和50年度~57年度の上記3校の学級・教員・生徒数の記述あり。
⑪『大滝村勢要覧 1995』
p14-15に鉱山についての簡単な解説あり。
p41に世帯数・人口推移の表はあるが、地区別ではない。
⑫『大滝村制施行100周年記念村勢要覧 1989』
p42「地区別人口」(平成元年4月1日現在)に、小倉沢、中津川の世帯数、人口の記述あり。
p44教育の項に、昭和31年度~平成元年度の児童・生徒数の推移が掲載あり。
 ※中津川小学校(分校から昭和43年度に独立校となった)は、昭和59年度に大滝小へ統合。小倉沢小中学校は、昭和60年度に大滝小、大滝中へ統合。
⑬『大滝物語 2002 大滝村村勢要覧』
p41に世帯数・人口推移の表はあるが、地区別ではない。
⑭『埼玉工場便覧』
p1に従業員数(昭和22年3月1日)の記述あり。
⑮『鉱業の沿革と現況』 ※埼玉県経済部〔1951年〕刊の複製(電子複写)
p21「県内鉱山、製錬所、労務状況調表(二六年一月分)」に、昭和26年の秩父鉱山の就業者数が掲載あり。
⑯『秩父中津川探勝記』
p19-31「秩父鉱山」の項に、採掘の状況等のエピソードあり。
⑰『福沢一郎の秩父山塊』
p49-60に鉱山についての紀行文あり。
⑱『目で見る秩父の100年』
p36「小倉沢の集落(大滝村・大正初年頃)」の写真が掲載あり。
⑲『写真集明治大正昭和秩父』
p31「大滝村中津川(大正初期)」「大滝村小倉沢(大正初期)」の写真掲載あり。
⑳『秩父郡市医師会の足跡 覚え書』
p338-343「昭和三十三年の会員名簿」より、p341に「日窒秩父鉱業所診療所」の住所等、簡単な記述あり。

その他、県立未所蔵資料
「あかいわ 閉校記念誌」(大滝村立小倉沢小中学校閉校実行委員会 秩父図所蔵)
「大滝村立小倉沢小・中学校研究紀要 1979」(大滝村立小倉沢小学校 秩父図所蔵)
「小倉沢」(合同小倉沢会 秩父図所蔵)
回答プロセス
(Answering process)
自館目録を〈秩父鉱山〉で検索したところ、『地理の広場 第17号 (1973年7月号)』がヒットした。
学校について調査するため、教育関係資料の棚を秩父地方・へき地教育の視点であたったところ、『埼玉のへき地教育実態調査報告 7~9』『埼玉県教育史 7』『埼玉県学校大観』『廃校浪漫紀行』に該当する記述あり。
人口、労働者数、生徒数について調査するため、大滝村の統計をあたる。『大滝村勢要覧 昭和29年度』『村の概況』『大滝村勢要覧 1978』『大滝村勢要覧 1984』『大滝村勢要覧 1995』『大滝村制施行100周年記念村勢要覧 1989』『大滝物語 2002 大滝村村勢要覧』
建築物からの調査により、『埼玉県の近代化遺産』にあたる。
鉱業・工場関係からの調査により、『埼玉工場便覧』『鉱業の沿革と現況』にあたる。
紀行文・写真集からの調査により、『秩父中津川探勝記』『福沢一郎の秩父山塊』『目で見る秩父の100年』『写真集明治大正昭和秩父』にあたる。
秩父地方の病院について調査するため、『秩父郡市医師会の足跡 覚え書』にあたる。

《秩父市図OPAC》を〈小倉沢〉で検索したところ、「あかいわ 閉校記念誌」「大滝村立小倉沢小・中学校研究紀要 1979」「小倉沢」がヒットした。
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
金属工学.鉱山工学  (560 9版)
関東地方  (213 9版)
貴重書.郷土資料.その他の特別コレクション  (090 9版)
参考資料
(Reference materials)
『埼玉県の近代化遺産』(埼玉県教育委員会 1996)
『埼玉のへき地教育実態調査報告 7~9』(埼玉大学教育学研究室「へき地教育」ゼミ 1964-1966)
『地理の広場 第17号(1973年7月号)』(全日本社会科教育研究会 1973)
『埼玉県教育史 第7巻』(埼玉県教育委員会 1977)
『埼玉県学校大観』(新日本教育振興会 1957)
『廃校浪漫紀行』(鎌田聡著 文芸社 2002)
『大滝村勢要覧 昭和29年度』(大滝村 1954)
『村の概況』(大滝村 1961)
『大滝村勢要覧 1978』(大滝村企画課 〔1978〕)
『大滝村勢要覧 1984』(大滝村 1984)
『大滝村勢要覧 1995』(大滝村 1995)
『大滝村制施行100周年記念村勢要覧 1989』(大滝村 1989)
『大滝物語 2002 大滝村村勢要覧』(大滝村 2002)
『埼玉工場便覧』(埼玉県工業倶楽部 1948)
『鉱業の沿革と現況』(埼玉県経済部工業課編 〔埼玉県立浦和図書館(製作)〕〔1988〕)
『秩父中津川探勝記』(久下司著 和銅鉱泉旅館 1997)
『福沢一郎の秩父山塊』(福沢一郎著 五月書房 1998)
『目で見る秩父の100年』(郷土出版社 1997)
『写真集明治大正昭和秩父』(国書刊行会 1983)
『秩父郡市医師会の足跡 覚え書』(千島洋秀著 埼玉新聞社 2006)
「あかいわ 閉校記念誌」(大滝村立小倉沢小中学校閉校実行委員会:秩父図所蔵)
「大滝村立小倉沢小・中学校研究紀要 1979」(大滝村立小倉沢小学校:秩父図所蔵)
「小倉沢」(合同小倉沢会:秩父市図所蔵)
キーワード
(Keywords)
鉱山-秩父(チチブ)-埼玉県
日窒鉱山(ニッチツコウザン)
鉱業-埼玉県-歴史
郷土資料
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
管理番号「埼熊-2007-020」が類似の調査事例である。
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
個人
登録番号
(Registration number)
1000045506解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
未解決