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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000042650
提供館
(Library)
大阪市立中央図書館 (2210006)管理番号
(Control number)
10-3A-200703-08
事例作成日
(Creation date)
2007/03/15登録日時
(Registration date)
2008年03月19日 02時13分更新日時
(Last update)
2008年11月02日 13時06分
質問
(Question)
阿弥陀池と長野県の善光寺の関係について知りたい
回答
(Answer)
大阪市立中央図書館の近く大阪市西区北堀江にある和光寺は、阿弥陀池でおなじみです。この阿弥陀池、「牛にひかれて善光寺」で有名な長野県の善光寺と深い関わりがあるといわれているようです。
 『大阪史蹟辞典』の和光寺の項によると、仏教が日本に伝わった頃、その推進派であった蘇我氏と反対派であった物部氏との間に争いがあり、物部氏が蘇我氏から奪った仏像を「難波堀江」に叩き込んだ、これを後年になって信濃(今の長野県)の本多善光というものが拾い、地元に持ち帰って本尊として開いたのが有名な善光寺になる・・と書かれています。
 牧村史陽著「阿弥陀池和光寺」(『大阪人1962年5月号』p70~75に収録)によると、現代の我々が堀江と呼んでいる地域がこの「難波堀江」であるかどうかは否定されるところですが、本田善光が仏像を拾った池が阿弥陀池であるという言い伝えはあったようです。
 「阿弥陀池略縁起」という資料にもその言い伝えが書かれています。この「阿弥陀池略縁起」ですが、『大阪の歴史と文化財』第11号 に、「『阿弥陀池略縁記』について」という論文で紹介されています。原典を目にすることも少ないでしょうし、読むのもなかなか難しい資料ですが、「『阿弥陀池略縁記』について」には翻刻文が掲載されています。
 和光寺は善光寺にあった阿弥陀仏の分身を迎えて建立されたといわれています。和光寺ができる前の阿弥陀池も人々の信仰を集めていたようで、和光寺が建立される前に書かれた『芦分船』という地誌には、阿弥陀池に向かって拝んでいる人物が描かれたりしています。
 また、前述の牧村史陽著「阿弥陀池和光寺」には和光寺の創建についても触れています。
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
仏教  (180 9版)
参考資料
(Reference materials)
『大阪史蹟辞典』 (三善貞司編 清文堂出版 1986年 当館書誌ID:0000214926)
善光寺縁起→本稿で参考にしたものは『大日本仏教全書』 (第86巻 鈴木学術財団 1972年 当館書誌ID:0080170007)
『大阪人1962年5月号』(大阪都市協会 当館書誌ID:0080310533) p70~75
『大阪の歴史と文化財』 第11号 (大阪市文化財協会 2003年 当館書誌ID:5110525228) p34~38)
芦分船→本稿で参考にしたものは『浪速叢書』 第12巻 (船越政一郎編纂校訂 浪速叢書刊行会 1927年 当館書誌ID:0000329735)
キーワード
(Keywords)
阿弥陀池
善光寺
大阪府大阪市西区
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000042650解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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