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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000042027
提供館
(Library)
奈良県立図書情報館 (2110012)管理番号
(Control number)
奈県図情-07-035
事例作成日
(Creation date)
32登録日時
(Registration date)
2008年02月22日 02時10分更新日時
(Last update)
2008年02月29日 15時53分
質問
(Question)
「林浄因命」および饅頭の由来等について(「林浄因命」を祭る林神社と奈良との関係など)知りたい。
回答
(Answer)
漢国神社(奈良市)の境内には、林浄因やその子孫林宗二らを祭る林神社があります。そもそも日本ではじめて饅頭の作り方を教えたのは、南北朝時代に建仁寺の竜山禅師に従って中国から来朝した林浄因といわれています。
浄因が京都から奈良に移って林小路に住み、饅頭屋を始めたと伝えられていますが、詳細は不明ですし、浄因自身についての研究も皆無に等しいです。
むしろ後世になって、末裔の林宗二(1498~1581年)、あるいは父道大の時代に奈良に移って活躍したといわれています。例えば、『松屋名物集』によりますと、林宗二は応仁の乱より下って林小路に住み、『節用集』の作者で饅頭の開祖だと説明しています。宗二は奈良に住んで饅頭屋を営んでおり、奈良と京都を往来していて京都にも出店を持ち、そのかたわら、饅頭屋本『節用集』や『源氏物語林逸抄』を出版したり、一乗院に出入りして建仁寺両足院に残る唐宗詩文を筆写するなど、漢籍・易学に詳しく、連歌にも長じ、町人学者として活躍し、彼もその子宗杜も奈良で死去したといわれています。なお、宗二の子孫は和菓子屋「塩瀬」を開きました。また、宗杜の弟は建仁寺住寺の梅仙東です。
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
神社.神職  (175 9版)
参考資料
(Reference materials)
『中世文藝の源流』 永島福太郎著 河原書店 1948 (910.24-4)
『奈良市史 通史二(中世)』 奈良市史編集審議会編 奈良市 (216.5-240-10.2)
『奈良市史 通史三(近世)』 奈良市史編集審議会編 奈良市 (216.5-240-10.3)
『奈良』 新装版(日本歴史叢書) 永島福太郎著 吉川弘文館1996 (216.5-538)
『奈良文化の伝流』 永島福太郎著 中央公論社 1944 (216.5-33)
『大和人物志』 奈良県編刊 1909. (281-7)
『塩瀬六百五十年のあゆみ:まんじゅうの歴史』川島英子著 塩瀬総本家 996 (588.36-シオセ)
『まんじゅう屋繁盛記 : 塩瀬の650年』川島英子著 岩波書店 2006 (588.36-カワシ )
キーワード
(Keywords)
林神社(奈良市)
林浄因饅頭
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000042027解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決