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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000038435
提供館
(Library)
大阪市立中央図書館 (2210006)管理番号
(Control number)
10-3A-200601-02
事例作成日
(Creation date)
2006/01/11登録日時
(Registration date)
2007年10月26日 02時11分更新日時
(Last update)
2010年04月21日 15時57分
質問
(Question)
「どこかで春が」の作詞をした百田宗治(ももたそうじ)の出生地を知りたい。
明治26年大阪市西区新町1丁目というところまでは出てくるが、正確な場所を知りたい。
また現在の場所でいうと何処になるか、文学碑などがあるか知りたい。
回答
(Answer)
大阪市ゆとりみどり振興局のホームページより、
「大阪市西区新町通一丁目(現西区新町一丁目)」出身で、
新町一丁目の新町北公園内に百田宗治文学碑があることがわかる。
詳しい出生地の場所については不明。
回答プロセス
(Answering process)
『大阪近代文学事典』p.290 では”大阪市”までの記述しかなし。
『大阪府人物・情報リスト』4巻p.3009では”大阪市西区”の記述のみ。
『大阪人物事典』p.1162でも”新町1丁目”までの記述のみ。
『「大阪春秋」総目次・索引集』より25号と32号に掲載があることを確認、
雑誌『大阪春秋』25号p.19 には出生地のことについては記述なし。
32号p.43に「大阪のど真中、二ツ井戸附近で生まれているが、その生家跡は定かではない」という記述あり。

また、大阪市ゆとりみどり振興局のホームページでは「新町通1丁目(現在の西区新町1丁目)に生まれ」との記述があり、
新町1丁目新町北公園内に百田宗治文学碑があることが確認できる。

『大阪春秋』32号だけ説が違い、南区の「二ツ井戸町」としている。他は「新町1丁目」を出生地としているようである。
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
日本  (281 9版)
参考資料
(Reference materials)
大阪市の史跡・文学碑 文学碑 6 百田 宗治文学碑 http://www.city.osaka.lg.jp/yutoritomidori/page/0000009294.html  (2009.8.15確認)
キーワード
(Keywords)
百田宗治
ももたそうじ
大阪府大阪市西区
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
百田宗治 ももたそうじ [1893―1955]
詩人、児童文学者。大阪市の生まれ。本名宗次。高等小学校を卒業後、フランス語を個人的に学んだ。
歌集『愛の鳥』(1911)に次いで詩歌集『夜』(1912)、詩集『最初の一人』(1915)で独自の道を示し、
『ぬかるみの街道』(1918)によって自身の口語自由詩を完成、この詩集は民衆詩派の運動の頂点にたっている。当時の詩壇の大同団結の機関としての詩話会を運営したが、同会の解散とともに
『椎(しい)の木』を創刊(1926)して新人を育成した。
1932年(昭和7)ごろから児童自由詩や作文教育の指導にあたり、
42年日本少国民文化協会の顧問となる。
第二次世界大戦後は疎開先の札幌で『辺疆人(へんきょうじん)』を刊行。
のち千葉県に移住。
「日本大百科全書」より
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000038435解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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