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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000034565
提供館
(Library)
紙の博物館図書室 (4210001)管理番号
(Control number)
070412001
事例作成日
(Creation date)
2007年04月12日登録日時
(Registration date)
2007年04月12日 14時29分更新日時
(Last update)
2016年11月30日 11時19分
質問
(Question)
模造紙の歴史・由来とそのルーツである局紙がヨーロッパで注目をあびたのはパリ万博がきっかけか?
回答
(Answer)
1 模造紙の由来
明治初年、大蔵省印刷局で抄造された三椏紙(局紙)がヨーロッパへ輸出され、それを模してオーストリアで1898年に亜硫酸パルプで機械漉きしたものをシミリ・ジャパニーズ・ヴェラム(Simili Japanese vellum)と呼んだ。これが日本に逆輸入され、大正2年(1913)九州製紙で亜硫酸パルプ法でスーパーカレンダーを用いて国産化したものが「模造紙」のはじまり。用途としては高級包装紙、伝票・帳簿用類、ポスター、複写用紙など。『オールペーパーガイド』『和紙文化辞典』

2 局紙とパリ万博
局紙とは紙幣寮抄紙部の工場で、三椏を原料として溜め漉き法により明治10年(1877)に創生した紙。紙幣寮は明治11年(1878)に印刷局と改称され、局紙と名づけて同年のパリ万国博(第3回)に出品してその美しくねばり強いことで好評を得た。証券用紙として愛用され、1919年のベルサイユ条約の正文用紙に採用されている。『和紙文化辞典』

そもそも局紙は英国皇族来訪のみぎり、東京市の奉迎文用紙として特に注文を受け創製したといわれている。当初、原料が高価で手漉き法のため、能率があがらず、好評の割には大規模な需要を喚起するには至らなかった。
その為、抄紙部では後に機械漉きによって、局紙の製造を行うようになり、販売も明治18年(1885)より、三井物産株式会社に一切を任せ、海外輸出につとめた。その結果局紙の輸出量は飛躍的に上昇したが、欧州側では局紙の好評に目をつけ、遂には木材パルプを原料として模造局紙を製造する事になった。無論、局紙とは比較にならない品質のものであったが、安価な上に、印刷、筆記。包装、など広範な用途に適した便利な紙だったので一般からかなりの好評をもって迎えられ、逆に日本へも輸出された。『大蔵省印刷局百年史』

パリ万博で好評を得たが、その後の関係商社の努力なども大きかったと思われる。
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
パルプ.製紙工業  (585 9版)
参考資料
(Reference materials)
①『オールペーパーガイド』(紙業タイムス社/1983)
②『和紙文化辞典』(久米康生著/ わがみ堂/ 1995)
③『和紙 多彩な用と美』(久米康生著/ 玉川大学出版部/ 1998)
④『大蔵省印刷局百年史 第1巻』(大蔵省印刷局/ 1971)
⑤『模造紙考』(澤本弥平著/ 1927)
キーワード
(Keywords)
模造紙;局紙;パリ万国博覧会;ベルサイユ条約;鳥の子紙;印刷局; Simili paper, Imitation Japanese vellum; Simili Japanese vellum;シルクペーパー; 印刷局鳥の子紙
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
1 関連する紙について
鳥の子紙 
もとは雁皮を原料とする紙。鎌倉末期より呼称が一般化している。紙の色が鳥の卵に似ているからついたという説が有力。各地でつくられ、雁皮紙すべての名称となるほど、大きさ種類もさまざまなものがあった。明治以後その紙質が変化し、楮・三椏・木材パルプの混合紙となってきた。越前では手漉き紙を本鳥の子、機械すき紙を新鳥の子と言い、本鳥の子の純雁皮原料を特号、雁皮と三椏の混合を一号、純三椏を二号、楮と木材パルプの混合を三号、木材パルプだけを四号としている。『和紙辞典』

印刷局鳥の子紙→局紙
鳥の子紙と称されるものは古来より多数あり、その本質もさまざまなり。
明治初年印刷局にて紙幣・公債証書用紙製造の為、越前五箇より技術者を招き印刷局製鳥の子紙を抄出し、局内外、一般に販売せり。これを局紙と呼ぶ。
ミツマタと雁皮の混合紙にて強靭にして優美なる。外人はこれを日本特有の蚕糸にて造られしものと誤認したので、抄紙部は見本帳に「シルクペーパー」と英訳文を記載せり。
『模造紙考』 

国産模造紙の開発
大正2年(1913)九州製紙は後のA模造紙に似たものの製造に成功した。
当初は茶褐色の厚手の紙(鳥の子紙に似せた)で、手漉き紙の代用として使われたが次第に紙質が改善され、ひろく印刷・筆記・包装用に使用され、より汎用的な紙となった。
当時の模造紙の原料は全部サルファイトパルプでクレーを含まず、艶のない、一般向けのものがB模造紙、艶付けのものをA模造紙といった。『百三十年史 日本紙パルプ商事』

2 レファ協に模造紙についての擬似事例もある。
http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000029102
060615001模造紙の地域名称であるB紙(びーし)及び大洋紙(たいようし)の言葉の由来
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
言葉
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000034565解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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