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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000030578
提供館
(Library)
埼玉県立久喜図書館 (2110009)管理番号
(Control number)
埼久-2006-023
事例作成日
(Creation date)
2006/5/31登録日時
(Registration date)
2006年09月14日 02時11分更新日時
(Last update)
2008年04月21日 15時13分
質問
(Question)
東京都の学童の集団疎開先が群馬県の事例の詳しい資料を探している。少なくとも疎開先市町村名がわかるものがよい。
回答
(Answer)
以下4点の資料に市町村名あり。特に1と2に詳述あり。
1 『資料 東京都の学童疎開』
 p334「移転又ハ分宿ヲ要する疎開学寮調(ニ)」(昭和19年11月7日)住所のほか寺院名、旅館名も記載。
 p478-481「市町村別学寮調」の中に群馬県の学童受入市町村名の表あり。
2 『板橋の学童集団疎開』p8-9「戦時学童疎開状況一覧」に疎開地(町村名)と疎開先名称(寺院・旅館名)の記述あり。
3 『東京都戦災誌』p230「各区児童疎開割当地域一覧」に疎開先市町村名あり。
4 『学童集団疎開史』p145〈表16〉に吾妻郡沢田村(四万温泉)ほかの地名・区名・宿舎数・収容児童数あり。
p152-3に東京都荒川国民学校(王子区、現北区)梨木学寮(群馬県勢多郡保根村)、東京都王子第四国民学校(王子
 区、現北区)良珊寺学寮(群馬県群馬郡渋川町)の記述あり。

また、群馬県への疎開者の人数が出ているものは以下のとおり。
5 『21世紀へ語り継ぐ学童疎開』p27 1944年9月24日(「東京大空襲戦災誌」)
  21817人 1945年6月末日(「東京都戦災誌」) 15513人 
6 『東京都教育史 通史編4』p146 15513人(「戦略爆撃調査団資料」米国国立公文書館蔵)
 p155 東横野疎開保育所=七月二十七日、群馬県碓氷郡東横野村(安中市)円明寺に品川・森・蒲田地区
 二歳から六歳まで24名(『私たちの保育史では44名』)の記述あり。
7 『学童集団疎開の研究』p72 疎開先分布表 群馬 28068人(文部省調査9月)
8 『東京大空襲・戦災誌 5』
 p731「学童集団疎開各県別学寮・児童・職傭員調」昭和十九年九月二四日現在群馬への疎開児童数 21817人
 (本文中に「東京都が調べた」とあり)
 p754「集団疎開学童県別区別表」群馬 15513人(昭和20年6月末現在)教育局国民教育課調
回答プロセス
(Answering process)
自館目録で〈東京〉〈学童〉〈疎開〉などをキーワードに検索し、資料にあたった。
都立図書館のホームページから、《レファレンス事例データベース》を参照した。
事前調査事項
(Preliminary research)
『学童疎開 写真絵画集成 1~3』(群馬県に学童疎開した人数は掲載されている)
NDC
教育史.事情  (372 9版)
関東地方  (213 9版)
国防史.事情.軍事史.事情  (392 9版)
参考資料
(Reference materials)
『資料 東京都の学童疎開』(東京都公文書館 東京都情報連絡室都政情報センター管理部事業課 1996)
『板橋の学童集団疎開』(板橋区立郷土資料館 板橋区立郷土資料館 1997)
『東京都戦災誌』(東京都 明元社 2005)
『学童集団疎開史 子どもたちの戦闘配置』(逸見勝亮 大月書店 1998)


キーワード
(Keywords)
学童疎開-東京都-群馬県
太平洋戦争
教育史-軍事史-日本
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
質問者区分
(Category of questioner)
個人
登録番号
(Registration number)
1000030578解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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