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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000029448
提供館
(Library)
埼玉県立久喜図書館 (2110009)管理番号
(Control number)
埼熊-2005-113
事例作成日
(Creation date)
2005/01/26登録日時
(Registration date)
2006年07月08日 02時11分更新日時
(Last update)
2010年01月20日 14時43分
質問
(Question)
秀吉や家康が喜連川家の再興を図ったことについて書かれた資料はあるか。「栃木県史」「古河市史」「喜連川町史」等を調べてほしい。
回答
(Answer)
県史、市史以外の資料も見るが、詳しい資料は見あたらなかった。「喜連川町史」「喜連川町誌」(栃木県図ほか蔵)は県立未所蔵。なお、家康についての記述は見られなかった。
回答プロセス
(Answering process)
県史、市史、藩史のほか、〈喜連川国朝〉〈氏女〉を手がかりに探索する。
『北関東下野における封建権力と民衆』(山川出版社 1981)によれば、「天正18年、豊臣秀吉関東下向の砌、彼の命によって、…足利頼純の男国朝、古河公方足利義氏の遺女、氏女を娶り、古河公方の名跡を相続し…喜連川氏を称した」とあり、他の資料も同様の記述。
ただし、『古河公方足利氏の研究』「第1部 第6章 古河氏姫に関する考察」(校倉書房 1989)には、国朝の姉嶋子が秀吉に取り入れられた結果、小弓足利氏は喜連川の地を与えられたとある。
以下の資料の〈喜連川国朝〉の項目等にも簡単な記述あり。
『寛政重修諸家譜 2』『栃木県の歴史』『栃木県史 通史編4』『栃木県史 史料編・近世4』『栃木県史 史料編・中世2』『栃木県歴史人物事典』『栃木県大百科事典』『古河市史 通史編』『古河市史 資料 中世編』『古河市史 資料 別巻』『藩史大事典 2』『新編物語藩史 2』『三百藩藩主人名事典 1』『国史大辞典 4』
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
関東地方  (213 9版)
参考資料
(Reference materials)
『古河公方足利氏の研究』(佐藤博信 校倉書房 1989)
『北関東下野における封建権力と民衆』(秋本典夫 山川出版社 1981)
『栃木県の歴史』(阿部昭 山川出版社 1998)
『栃木県史 通史編4』(栃木県史編さん委員会 栃木県 1981)
『栃木県史 史料編・近世4』(栃木県史編さん委員会 栃木県 1975)
『栃木県史 史料編・中世2』(栃木県史編さん委員会 栃木県 1975)
『栃木県歴史人物事典』(栃木県歴史人物事典編纂委員会 下野新聞社 1995)
『栃木県大百科事典』(栃木県大百科事典刊行会 1980)
『古河市史 通史編』(古河市史編さん委員会 古河市 1988)
『古河市史 資料 中世編』(古河市史編さん委員会 古河市 1981)
『古河市史 資料 別巻』(古河市史編さん委員会 古河市 1973)
『藩史大事典 2』(木村磯 雄山閣出版 1989)
『新編物語藩史 2』(新人物往来社 1976)
『三百藩藩主人名事典 1』(藩主人名事典編纂委員会 新人物往来社 1986)
『国史大辞典 4』(国史大辞典編集委員会 吉川弘文館 1984)
『寛政重修諸家譜 2』(続群書類従完成会 1983)
キーワード
(Keywords)
喜連川(氏)
栃木県-下野国-歴史-史料
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
質問者区分
(Category of questioner)
個人
登録番号
(Registration number)
1000029448解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決