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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000027685
提供館
(Library)
東京都立中央図書館 (2110013)管理番号
(Control number)
都立図事-2005004450
事例作成日
(Creation date)
2005/11/24登録日時
(Registration date)
2006年03月10日 02時11分更新日時
(Last update)
2007年03月04日 11時20分
質問
(Question)
チフス予防のためのDDTをいつごろから人に散布していたかがわかる資料を紹介して欲しい。
回答
(Answer)
自然科学室作成インフォメーションカードおよび、都立DBを<DDT>で検索し、以下の資料を紹介した。
資料1:「3-4 公衆衛生政策-引揚検疫とDDT」(p.251-259)のp.252に「1946年には約20年ぶりにコレラの大流行が起こり、さらに発疹チフス・・(中略)・・・そこで採られた処置の一つが引揚港、駅、街頭・・・などで頭からDDTの粉末をふりかけることであった。」との記述がある。
「2 引揚検疫とDDT」の項p.253に「GHQが全日本人にDDTを散布する計画を発表したのは1946年3月7日のことであった。」と記載がある。「3 DDT散布の周辺」の項p.255には「DDTは直接人体に散布する以前に航空機を使って大量に上空からまかれていた。・・・・中略・・・1945年9月6日には東京、立川市役所に航空機からガス状のDDTを散布する旨を通知した。」と記述されている。
資料2:p.228の「DDTの洗礼」の項に「・・・・・昭和21年3月7日にDDTの大量散布の計画を発表」と記述があり、p.229に“全身にDDTをふりかけられる母子”の写真がある。
資料3:p.18に「DDTを飛行機から大量撒布」の項があり、1945年に立川市空中撒布を通告した。・・・・このような空からの撒布はその後も行われたことが新聞によって知られる。」とある。
雑誌『化学』1993年7月号p.441-446に「DDTその栄光と没落」(深海浩著)の論文が収録されており、p.444に「・・・・それが1946年のわが国での発疹チフスの対応になり・・・・」との記述がある。
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
日本史  (210 9版)
参考資料
(Reference materials)
【資料1】 通史日本の科学技術 1 占領期 1945-1952 / 中山茂∥[ほか]責任編集 / 学陽書房 , 1995.6 /5021/3103/1
【資料2】 廃墟からの出発 : 昭和20年→21年 / 講談社∥編 / 講談社 , 1989.2 ( 昭和二万日の全記録 第7巻 ) /2170/3014/7
【資料3】 DDT革命 : 占領期の医療福祉政策を回想する / C.F.サムス∥著 / 岩波書店 , 1986.8 /4981/685/86
キーワード
(Keywords)
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
質問者区分
(Category of questioner)
登録番号
(Registration number)
1000027685解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
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