レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 登録日時
- 2014/11/21 17:19
- 更新日時
- 2014/11/21 17:19
- 管理番号
- 相橋-H26-082
- 質問
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解決
刀工・源(山浦)清麿の家系図(近現代)がわかる資料を探している。
- 回答
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資料①を提供し、資料②も紹介した。資料①より系図を抜き書きされた。
- 回答プロセス
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概要を知るためジャパンナレッジ(http://japanknowledge.com/library/ 2014/10/10 最終確認)で“源清麿”をキーワードに検索し、次のことがわかった。
江戸末期の刀工。信州(長野県)小諸(こもろ)の郷士(ごうし)山浦信友の二男で内蔵助環(くらのすけたまき)といい、号は一貫斎。17歳のとき兄の真雄とともに上田の刀工河村寿隆の門に学び、初め正行、秀寿などと銘した。1834年(天保5)江戸へ出て幕臣窪田清音(くぼたすがね)の後援を得て技を磨き、南北朝時代の美濃(みの)(岐阜県)の名工志津兼氏(しづかねうじ)の作風を目標にして新天地を開いた。5年後、清音の計らいで一振り3両掛けで加入者に順次刀を渡す約束の武器講を始めたが、これを果たさずに長州(山口県)へ逃避。そしてふたたび江戸へ戻り、清音に前罪をわびて、45年(弘化2)から鍛刀を続けた。翌年、清麿と改銘。四谷(よつや)伊賀町に居を定め、やがて「四ッ谷正宗」と賞揚されたが、心身を害して54年(安政1)自刃。新々刀(しんしんとう)第一の名人とされ、弟子に栗原(くりはら)信秀、鈴木正雄、斎藤清人などがいる。
[小笠原信夫]
"源清麿", 日本大百科全書(ニッポニカ), JapanKnowledge, http://japanknowledge.com, (参照 2014-10-10)
市内OPACでキーワードを“清麿”や“源清麿”にして検索したが、質問者の意図に合う資料は見つからなかった。
調べ物コーナーにおいて芸術・工芸の分類の棚をブラウジングし、次の資料を見つけた。
『日本刀事典 普及新版』 得能一男/著 光芸出版 2003 (自館請求記号:R756)
p137 主要刀工移動一覧のなかに清麿も掲載されているが、質問者が探しているような系図は載っていなかった。
『図解日本刀事典』 歴史群像編集部/編 学習研究社 2006 (自館請求記号:R756)
p209 新々刀の名工のなかに清麿の項があり、その生涯の概説が記載されている。
神奈川県内公共図書館横断検索システム(http://www.klnet.pref.kanagawa.jp/sougo/index.jsp 2014/10/11 最終確認)でキーワードを“源清麿”にして検索し次の資料を見つけた。
①『刀工源清麿』 斎藤鈴子/著 徳間書店 1964 (神奈川県立図書館請求記号:F1 S78-1)
清麿を中心にして、その前後数世代分の系図が記載されていた。
検索エンジンGoogle(http://www.google.co.jp/ 2014/10/11 最終確認)でキーワードを“源清麿 系図”にして検索したが、うまくヒットしなかった。
検索キーワードを清麿の兄弟である“山浦真雄”に変えてみたところ、次のサイトがヒットした。
長野県東御市ホームページ(http://www.city.tomi.nagano.jp/ 2014/10/11 最終確認)
このホームページ内の文化財のページに「史跡 山浦真雄宅跡」がある。真雄・清麿兄弟を偲ぶ山浦兄弟生誕碑があると記載されている。
国立国会図書館サーチ(http://iss.ndl.go.jp/ 2014/10/12 最終確認)を使用して、キーワードを“山浦家 家系”にして検索し次の資料を見つけた。
②『山浦真雄清麿兄弟』 山浦 武重/著、発行 1955 (国立国会図書館請求記号:756.6)
館外貸出は不可であるが、複写は可能な資料である。
- 事前調査事項
- NDC
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- 金工芸 (756)
- 参考資料
- キーワード
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- 刀鍛冶
- 源清麿
- 山浦清麿
- 刀工
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介 事実調査
- 内容種別
- 人物
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000163303