レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2010年10月16日
- 登録日時
- 2010/12/10 19:42
- 更新日時
- 2010/12/10 19:44
- 管理番号
- 9000006853
- 質問
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解決
山梨県南巨摩郡富士川町青柳町(旧増穂町青柳町)にある芭蕉句碑の「もろもろのこゝろ柳にまかすべし」の句は、本当に芭蕉の作か。
- 回答
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蕉門俳人・岩田涼菟(りょうと)の作が芭蕉作と誤伝されたもの。句碑のある地元では、芭蕉が句碑のある道祖神脇のお茶屋に来て、この句を作ったと伝えられている。
- 回答プロセス
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1.俳句の参考図書類にあたる。
・『近世俳句大索引』(安藤英方編 明治書院 1979年)p1012には芭蕉の句として掲載があり、出典は「もとの水」「俳諧一葉集」季語は春とある。
・『新編俳句の解釈と鑑賞事典』(尾形仂編 笠間書院 2000年)を索引から引くと、p75の下欄の囲みの中に「もろもろの心柳にまかすべし 涼菟」と書かれている。
※次のものには、この句の掲載はなかった。
歳時記
・『山本健吉基本季語五〇〇選』(山本健吉著 講談社 1986年)
・『角川俳句大歳時記』春(角川学芸出版編集・発行 2006年)
・『新日本大歳時記:カラー版』春(飯田竜太ほか監修 講談社 2000年)
名句辞典
・『評解名句辞典』(麻生磯次著 創拓社 1990年)
・『日本名句集成』(飯田竜太ほか編 学灯社 1991年)
俳句索引のあるもの
・『日本古典文学大系』別巻2 日本古典文学大系索引(岩波書店 1978年)
2.『俳文学大辞典』(尾形仂ほか編 角川書店 1995年)で「涼菟」を引くと蕉門の俳人であることがわかる。
3.芭蕉の関係図書にあたる。
・『石に刻まれた芭蕉:全国の芭蕉句碑・塚碑・文学碑・大全集』(弘中孝著 智書房 2004年)p263にはこの句碑の掲載があり「涼菟の句にはせをと刻」「誤伝句」とある。
・『古典俳文学大系』第5巻 芭蕉集(集英社 1975年)の発句編(誤伝の部)p192には「猿雖に対して/もろもろの心柳に任すべし もとの水・一串抄」「猿山子の誹勇を示す/もろもろの心柳にまかすべし 涼菟 水薦刈・姨とはず草」とある。
※次のものには、この句の掲載はなかった。
・『芭蕉・蕪村発句総索引』本文索引篇(道本武彦編集 角川書店 1983年)
・『芭蕉全句:袖珍版』(松尾芭蕉著 堀信夫監修 小学館 2004年)
・『松尾芭蕉全発句集:季題別・作成年代順』(松尾芭蕉著 永田龍太郎編著 永田書房 2003年)
4.蕉門俳人の関係図書にあたる。
・『古典俳文学大系』第9巻 蕉門名家句集(集英社 1976年)の「涼菟」の項p472には「もろもろの心柳にまかすべし(水薦刈)/[考]『もとの水』ニ「猿雖に対して」ト前書シ芭蕉ノ句トシテ出セリ」とある。猿雖(えんすい)は蕉門の俳人・窪田猿雖のこと。
・『蕉門名家句選(岩波文庫)』上下巻(堀切実編注 岩波書店 1989年)にはこの句の記載はなかった。
5.自館システムで書名「文学碑」×郷土資料で検索し、山梨県の文学碑の図書にあたる。
・『南巨摩の文学碑』(南巨摩郡教育研究協議会編・発行 1985年)を見ると、No.1にこの句碑が紹介されており「芭蕉が増穂町に来たかどうか証拠になるものは何も残っていないが、古老の話によると、碑の建ってある道祖神脇のお茶屋に来て、碑文の句を作ったと伝えられている」とある。
・『甲州の文学碑』正・続(奥山正典著 美知思波発行所 1985・1993)にはこの句碑の掲載はなかった。
- 事前調査事項
- NDC
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- 詩歌 (911 9版)
- 参考資料
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- 『石に刻まれた芭蕉:全国の芭蕉句碑・塚碑・文学碑・大全集』(弘中孝著 智書房 2004年) (p263)
- 『古典俳文学大系』第5巻 芭蕉集(集英社 1975年) (p192)
- 『古典俳文学大系』第9巻 蕉門名家句集(集英社 1976年) (p472)
- 『新編俳句の解釈と鑑賞事典』(尾形仂編 笠間書院 2000年) (p75)
- 『南巨摩の文学碑』(南巨摩郡教育研究協議会編・発行 1985年) (p1)
- キーワード
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- 松尾芭蕉
- 岩田涼菟
- 俳句
- 句碑
- 文学碑
- もろもろの
- 富士川町
- 山梨県
- 照会先
- 寄与者
- 備考
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・増穂町のwebサイト(http://www.sanson.or.jp/mura/mura64/frame3.html ※2010.10.16確認)及び『南巨摩の文学碑』(南巨摩郡教育研究協議会編・発行 1985年)によると、この句は、天保4(1833)年に青柳村の俳人・矢崎古硯により建立された。
・『石に刻まれた芭蕉:全国の芭蕉句碑・塚碑・文学碑・大全集』(弘中孝著 智書房 2004年)によれば、県内には韮崎市藤井町・当麻戸神社(本殿左)、甲州市塩山上於曽・向嶽寺(参道左池の畔)にもこの句を刻んだ句碑があり、いずれも芭蕉の作であるとされている。
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 郷土(文学)
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000075027